ねこ的こねこ



 ミスマル・ユリカと共にテンカワ・アキトの家に乗り込んでから、ホシノ・ルリはずっと考えていた。

 テンカワ家における自分の存在意義である。

 アキトは当然一家の主であり、ラーメン屋台で日々の稼ぎを得ている。
 ユリカは軍に勤めつつも、毎日夜には必ず屋台にやってきてアキトの手伝いをしている。
 ところが居候である自分は何もやっていないのだ。

 もちろん、手伝わせて欲しいとアキトに言ったことは何度かある。
 だが、「ルリちゃんはまだ子供なんだから」の一言でいつも断られるのである。
 その度に「私、少女です」と言い返すのだが、まあ、結局のところアキトは首を縦には振らないのだ。

 確かにルリの現在の年齢なら学校に行って遊んだりしているのが普通であり、手伝いとはいえ働いたりする必要はない。
 しかし10歳から戦艦に乗って働いていたという非常識極まりない境遇が、ルリにそういった常識を説くことを許さないのだ。
 それに、ルリは今学校に行っているわけではない。
 基本的に家にいることが多いのだ。

 働いていない。

 学校にも行っていない。

 家でごろごろしている。

 友達も少ない。

「……」

 何気なく点けていたテレビからは、夕方から放送されている色々な意味で有名なロボットアニメが再放送されている。

 職安戦士マンダムNEET。
 ニート歴10年の青年が戦乱に巻き込まれ、働きたくないのに無理やりロボットに乗らされ、タダで働かされながらも生き抜いていくロボットアニメである。

『僕は、働きたくなんかないのにー!』

 テレビでは中ボスっぽい人を倒した主人公が、世の無常に対して涙を流しながら怒りを吐いている。

 NEET。

 ニート。

 ルリはふと思った。
 よく考えたら、実は自分もこの主人公と同じでNEETなのではないか?
 学校にも行かず働いてもいない。
 実際には働こうという意志があれは厳密にはNEETとはいえないし、そもそもルリの年齢ではNEETの定義からは外れる。
 だが戦時中ちゃんと働いていたルリにとっては、今の状態はNEETと変わらないのだ。

「これは、マズイです」

 ルリの脳裏に10年後の自分が想像される。

『働いたら負けかなと思うんです。少女ですから』

 よれよれのジャージを着た、死んだ魚のような目で答える自分の姿。

 瞬間、恐怖した。

 こんな少女、いくら美少女とはいえ誰も恋人にしたいとは思わないでしょう。
 特にテンカワさんは真面目な性格だから、そんな女性を好きになるとは……、いや、今はテンカワさんは関係ないですけど。
 でもやっぱり、こう、ちゃんと自分の仕事に誇りを持ってきっちり働くような人にテンカワさんは惹かれるんじゃないでしょうか。
 艦長はその辺結構甘いし、リードするならやっぱりその辺で……。
 いや、だから、テンカワさんは今関係なく……。

 とまあ、なんかテンパったルリ。
 時計を見ると、5時半を少し過ぎたところ。
 ちょうど今ぐらいからアキトは屋台を開ける。
 まだ間に合う、とルリはドアを開けてアキトが屋台をしている公園へと向かった。


『働きたくない……。働かせないで』

 消し忘れたテレビからは、その再放送アニメの続編が始まっていた。




 アキトの屋台の経営は、実のところあまり上手くいっていない。
 元ナデシココック長ホウメイのお墨付きなのだから、味が悪いわけではない。
 単純に、新しすぎて知られていないのだ。
 普通はそれを宣伝などで逆に稼ぎ所とするのだが、そこはアキト。
 あまり派手なことを好まない彼はとてもひっそりと屋台を開いていた。
 その結果、そもそも発見されること自体が少ないのだ。
 知名度の無さというのは、食べ物屋には大問題である。
 特に二人の居候が居るテンカワ家にとっては死活問題なのだ。

「……暇だなあ」

 今日も開店してからもう一時間は立っているのに、客は未だ誰もこない。
 未熟ながらも一人の料理人であるという自負があるアキトにとって、さすがにこれだけ客が来ないとショックである。
 師匠であるホウメイに遠く及ばないのは分かっているが、アキトとて多少は味にも自信があるのだ。

「これはやっぱり、宣伝が必要かなあ……。でも宣伝するにしてもどうやって……」

 悶々と考えていると、いつの間にやら客がのれんをくぐっていた。

「あの〜、ラーメン一つ」

「あっ、へいらっしゃい! 毎度!」

 半ば習慣となった受け答えをすると、早速今日一番お客さんのためにラーメンの準備をする。
 すると麺を茹でるために背を向けていたアキトにまたも声がかかる。

「チャーシューメン一つね」

「毎度!」

 そして今度はチャーシューを切ろうとすると、

「味噌一つね」

「あ、へい! まい……」

「あ、俺とんこつ」

「僕は塩ね」

 と、立て続けに客がやってくる。

「へい、毎度!」

 少し驚いたし、この人数を一人で捌くのはさすがに大変だが、今の今まで閑古鳥だったアキトにとっては嬉しい悲鳴だ。

「でも、なんでこんなに急に……、ってええ!?」

 水を汲むため近くの水場に行こうと屋台を出て、今度こそ心底驚いた。
 なにせ客は今屋台に居るだけでなく、なんと列が出来ているのだ。
 しかも長蛇の。
 その列は留まることをしらず、伸びに伸び、公園の入り口まで伸びてもまだ切れていない。

「う、うそだろおい!」

 いくらなんでもこれはおかしい。
 ここまで来るともう嬉しいというよりも、むしろ怖い。
 しかもよく見ると男ばっかりだ。
 屋台のラーメンに来るのは確かに男が多いが、全て男性というのはさすがに異常だ。

 一体何が起こっているのか確かめるべく、アキトは列の最後尾目掛けて駆けて行った。
 鍋を持ったまま。


 公園の入り口まで来ると、さすがに列も切れ目が見えた。
 恐らくここで何かが起こっているに違いない。
 実際、列の最後尾では丸い人だかりが出来ていた。

 そこには……。




 ルリが居た。

 すぐ近くにウリバタケがいたが、とにかくルリが居た。
 近くの人だかりの注目はすべてルリに注がれていた。

 それは、まあいい。
 実際ルリは人目を引く美少女なのだから。
 だが今のルリは違った。
 確かにいつもと変わりなく無表情な美少女だ。
 しかし付属物が着いていた。

 ぴこぴこ。

 それは恥ずかしそうに揺れていた。

 ぴょこぴょこ。

 それは柔らかそうにもこもこしていた。

 ひこひこ。

 それは二つ、ぴょこんとルリの頭にくっついていた。

 それは、まるで猫耳のようだった。

 というか、デザイン的にも猫耳だった。

 むしろこれは猫耳だ!

 どうみても猫耳です本当にありがとうございました!

 呆然としているアキトの耳に、ウリバタケの元気な声が聞こえてくる。

「おお、アキト。見ろ、この完璧な猫耳ルリルリを!
  いやな、ルリルリがアキトの屋台を手伝いたいっていうんでな。
 お前が直接手伝わせてくれないっていうから、ならば客引きをしようってことになってな!
 それでどうせならこんなこともあろうかと!
 そう、こんなこともあろうかと思ってナデシコ時代に作っていたこのルリルリ専用猫耳を作って客引きをしていたのだ!
 元々PHR(パーフェクト・ホシノ・ルリ)のオプションとして作ってたのをこっそり改良したこの猫耳!
 見ろ、この客の数!
 これでお前の屋台ももう大丈夫!」

「にゃー」

 無表情ながらも、よく見たらやはり恥ずかしいのか、頬に少し赤みが差している。
 確かに可愛い。
 むちゃくちゃ可愛い。
 アキトにそのケは無いが、それでも少しドキドキしてしまう可愛らしさだった。
 そもそもアニメ好きのアキトにとってそういうオプションは嫌いではない。
 むしろ大好物である。

 というか、こうかはばつぐんだ!

 だが……。

「さあ、アキト。ここはルリルリに任せてお前は屋台へ行くんだ。
 次は新たなオプションとしてこのメイド服を……」

「あんたはうちのルリちゃんに何しようとしてんですかぁぁ!」

「ぶげえ!?」

 アキトの鉄拳が、ウリバタケの顎に決まる。
 
 確かに客がいっぱい来るのは嬉しい。
 儲かればユリカやルリに楽をさせることが出来る。
 何より料理人として多くの客に自分の料理を食べさせることができるのはとても素敵なことだと思う。
 
 だがである。
 やっぱりアキトは味で勝負したいのである。
 味がよければ、一度食べて満足した人はまた来るだろうし、その人の伝聞で新たなお客もくるだろう。
 もちろんそれは今回のような客引きと比べると、とても時間のかかることだ。
 味が良ければ、と言ってもそもそも味というもの自体が主観的なものである以上、味が良くても客が簡単に集まるわけではない。

 だけどアキトは、いくら時間が掛かっても味で客を集めたいのだ。
 しかも妹のように大切に思っているルリを客寄せパンダにするなど言語道断である。

「にゃあ?」

 その様子を見て、銀髪の子猫は不思議そうに首をかしげた。




「まあ、ウリバタケさんも悪気があってやったわけじゃないし……。多分ノリかなんかだと思うからあまり気にしないで」

「……いえ」

 二人ベンチに座りながら、話している。
 今日はもう商売にならないと、早くに屋台をたたんでしまった。

 自分がしていたことを思うと、ルリはうつむいたまま顔を上げられない。
 あれから家を出たはいいが、具体的に何をすればいいか分からず途方にくれていると、そこへウリバタケが通りかかった。
 ウリバタケに事情を簡単に話すと、

「安心しろ! こんなこともあろうかと!」

 懐からふさふさの毛のついた猫耳を取り出した。
 どんなことがあると考えていたのか。
 いつもこんなものを持ち歩いていたのか。
 猫耳を持って少女に迫る中年男という構図は下手すれば捕まるんじゃないか。

 そんな疑問がいくつか出たがウリバタケの強引さに負けて、いつのまにやら猫耳をつけて公園の前で客引きをやっていた。

 まあ客引きといってもウリバタケの口上に合わせてにゃあにゃあ言うだけなのだが。

「……」

 改めて思い出すと、かなり恥ずかしいことをした気がする。
 しかもその姿をアキトに見られてしまった。
 顔がまるでりんごのように赤くなっていく。

「まあ、それに猫なルリちゃんも可愛かったしね」

「えっ?」

 驚いて顔を上げる、アキトが少し恥ずかしそうに、頬を掻いていた。
 アキトなりにフォローしているのだろう。

 少しの間心地よい沈黙が続いた後、アキトが「あ、そうだ」とポケットをごそごそしだした。

「これ、ルリちゃんにあげるよ」

「? これなんですか?」

「これはチャルメラだよ。こうやって吹くんだ」

 ちゃららーらら、ちゃららららー。

 どっかで聞いたことのある歌だと思ったら、それはラーメンのテーマソングで有名な歌だった。

「ルリちゃんがそこまで屋台を手伝いたいって知らなくてね。
 これを吹くならルリちゃんにちょうどいいかなって思ってこの前買ったんだ。
 それにこれを聞けばラーメン屋がここにあるよく分かるしね」

 ぽんと、ルリの手にチャルメラを置く。

 これ、テンカワさんが今口つけて吹いたやつ……。

「ちょっと吹くのが難しいんだけどね、少し練習すれば……って、ルリちゃん、どうしたの?」

「い、いえ。なんでもありません」

 やはりアキトは鈍感だと思う。

 早速チャルメラを手に取り、吹く。

 ちゃららーぶぶっ。

「……上手くいきません」

「ははっ、初めから上手くはいかないよ。ほら貸してごらん」

 ちゃららーらら、ちゃららららー。

「こうですか?」

「ん、もうちょっとここをこう、強めに……そうそう、上手いよ、ルリちゃん」

 ちゃららーらら、ちゃららららー。

「あっ、できました」

「帰っても何もすることないし、もう少しここで練習していこうか?」

 ぽぴっと、ルリは返事の代わりにチャルメラで答える。


 アキトの屋台で可愛らしいチャルメラの音色が評判になるのは、もう少し先の話だった。






「ところでその猫耳は外さないの?」

「テンカワさん、可愛い言ってませんでしたか?」

「いや、そうだけど、さすがに人目が……」

「にゃあ」

「ま、いいか」


 あとがきー。
 寒い日はネコとか犬を抱いてもふもふしたい。
 そんな今日この頃です。
 ギャグとほのぼのが入り混じった感じになりました。
 ちょっと短いかな?
 ちなみにAIはチャルメラの吹き方を知りませんので適当ですが勘弁を。
 ではでは。




感想。
……。
………。
…………。
……………ウリバタケGJ!
いやあ、こういった作品は一ホームページに一作あるべきだなぁ。
と感じ、でも、俺こういうの逆立ちしても書けないなぁという羨望。
回りくどいですが、俺は作者として中途半端なんだよなぁ。
うん、こういったほのぼのとしつつ萌死にそうな作品は俺の手本と崇めよう。