希望を求めて

第一話

別れ


チュドーン

最後の戦艦が撃沈され爆発の光が宇宙の闇に飲まれ静寂が支配し、
その闇の中に存在している唯一つのものは静かに鎮座していた。

「セレナこの宙域に敵の反応はあるか」

『No、この宙域半径100km以内に我々以外の反応はありませんマスター』

マスターと呼ばれたこの男、天河アキトは『Prince of Darkness』と呼ばれているS級テロリスト、
そして、天河アキトの質問に答えたものは彼の愛機のAIである。

「・・・・そうか」

アキトはその報告を聞くと今までまとっていた緊張を僅かだが解きシートに体をあずけ、この出撃前のことを振り返っていた。




「ねえ本当にラピスとのリンクをきるの」
「ああ・・・これ以上のリンクはラピスの精神に大きな負担をかけることになる。ドクターには了承をとった。これからリンクを切ってもらいに行くところだ。それに・・・俺の復讐にこれ以上あの子を巻き込みたくはない。今ならまだ日の当たる場所に進むことができる」
「それでもあの子はそんなことは望んでいないわ。わかってるんでしょ。そんな・・・」

そのとき正面の通路から会話の人物が走ってきた。

「アキトどうしてリンクを切るの、ラピスなにか悪い事した、それとも何か失敗した。今度からそんなことないようにするからラピスを捨てないで、嫌わないで!」

ラピスはアキトとエリナの前で涙を流しながら訴えた。
そんな姿のラピスをアキトは壊れ物でも扱うかのように優しく抱き諭すように話した。

「ラピス、ラピスは何も悪いことはしていないよ。それに俺はラピスが大好きなんだから嫌いになることはないよ。でも・・・」
「だったらどうしてリンクを切るの!ラピスやっぱり・・・」
「よく聞けラピス。これ以上のリンクはラピスの心に良くない。それは俺が望んでいるものではないんだ。俺はラピスにずっと元気でいてほしいだからリンクを切るんだ」
「アキトは、ラピスが嫌いじゃないの」
「当たり前じゃないか。俺はラピスが大切なんだから嫌いになることはない。例えラピスが俺を嫌いになっても、俺はラピスを嫌いになることはない」

アキトの顔は視覚と聴覚補正の黒いバイザーで殆ど覆われているが微笑んでいることがその雰囲気からその傍で見ていたエリナにも伝わった。

「だから、ラピス」
「アキトはずっと一緒にいてくれる。ラピスを一人にしない」
「・・・・ああ、・・・ずっと一緒だ」
「わかった」
「ありがとうラピス」

そういってラピスの頭を優しくなで、リンクを切るためにラピスとドクターの待つ治療室へ向かった。

(まったくもって度し難いうそつきだな俺は)

アキトはラピスとのリンクを切ったらラピスを残し消えるつもり、つまり戦場で死ぬつもりであった。
S級テロリストである自分の手はもう数え切れないほどの人の血で真っ赤に染まっている。
例え、世界が自分の罪を許しても自分が自分を許すことが出来ない。
それに、アキトはユリカを助けることが出来たそれだけでもう十分満足していた。
後は彼女達への脅威を少しでも取り除く、その過程で死ぬことが自分にはお似合いだと考えていた。




「調子のほうは如何?何かおかしな所はないかしら」

治療が終わり、ドクターが調子を聞いてきた。

「問題ない、以前より多少感覚がぼやけているが許容範囲だ」

これは仕方のないことであった。
ラピスとのリンクを切りその代わりにオモイカネ級AIであるダッシュとリンクをつないだが、如何に優れたAIであっても人であるラピスとのリンクより柔軟性を欠いてしまうために感覚がぼやけてしまうのである。

「それは結構。でもしばらくはおとなしくしていなさいね」
「ああ、わかった」

そう言うとアキトは治療台から降り扉へ向かうアキトへイネスが声をかけた。

「どこへ行く気?さっきも言ったけどしばらく安静にしていなさい」
「・・・・・」

アキトは足を止めイネスの忠告を聞くと何も言わず治療室から出ていった。




コンコン

病室のドアがノックされ銀髪の一人の少女が入ってきた。

「ユリカさん入りますね」
「いらっしゃいルリちゃん。忙しいのにありがとうね」

扉から入ってきたルリにユリカは感謝の言葉をかけた。
ユリカは助け出された時はかなり衰弱していたが、命に別状はなく入院してもうすぐ1年になるが今では以前と同じ状態まで戻っている。
「何言ってるんですか。順調に回復しているしもうすぐ一緒にアキトさんを探しに行きましょ」
その言葉にユリカは苦笑を返した。
その様子にルリは違和感を覚えた。自分の知っているユリカなら一にも二にもなくアキトを追いかけるというはずである。
「如何したんですかユリカさんいつ・・・・・」
ルリがその事をたずねようとした時病室に虹色の光が集まり一人の男が姿を現しルリはその姿を見ると目を見開いた。
「ア・・キ・トさん」
「久しぶりだねルリちゃん、ユリカ・・・元気そうで何よりだ」
そこには全身黒ずくめのアキトがいた。 「うん、ありがとう」
しかしユリカはルリとは違いとても落ち着き受け答えをした。
「ユリカ」
「わかってるよ。お別れを言いにきたんだよね、アキト」
「・・・・・ああ」

そのやり取りを聞いたルリは一瞬言葉が出なかったが次の瞬間声をはりあげた。

「な、何を言ってるんですか?!ユリカさんはアキトさんに返って来てもらいたくないんですか!!また、一緒に暮せるかもしれないのにどうしてそ・・・・」
ルリが全てを言い終わる前にユリカが声を出し言葉をさえぎった。
「ルリちゃん分かっているんでしょ。例えアキトの罪が無くなったとしてもアキトを恨む人は必ずいる。それこそ何百、何千、何万人の人たちがアキトを恨んでる」
「それこそ私たちで守ってあげればいいじゃないですか!例え他の人が如何思おうと私たちさえアキトさんを信じてあげれば」
「そうだね・・・・でもアキトはそんなことに、自分のせいで私たちが傷つくことを望んでない。もちろん私だって一緒にまた暮したいよ、でもね私もアキトがこれ以上私のせいで傷ついてほしくないの。もしここでアキトと別れることでアキトの心に付く傷を少しでも軽く出来るんだったら」
「ユリカもういい。俺は大丈夫だから・・・」

アキトはユリカが全て言い終わる前にユリカの頭を優しくなで軽く胸に抱いた。

「私は・・・・わた・・し・・・ごめん・・・ア・・キ・ト・・・・ごめんね・・・ごめんね・・・・ご・・めん・・・・・」

その途端今まで我慢してきたのだろう、ユリカの目から涙が零れ落ちアキトの胸をぬらす。
その姿を見るとアキトは自分に対するやるせなさと、僅かの間だけでも彼女と夫婦になれてよかったと感じていた。

そのユリカの言葉と姿にルリは言葉が出なかった。自分は其処まで考えていただろうか、いや其処までは考えていなかった。
自分はただアキトに帰ってきてもらいたかった、一緒に暮したかった。

「それでも・・・・それでも私は帰ってきてもらいたいです。それでも・・・・・」

その時ルリは涙を流しながら言葉を紡ごうとしたがユリカから離れ近づいてくるアキトに抱かれると、それ以上何も言えなくなった。
そしてルリは俯き涙が頬をぬらした。

「ありがとうルリちゃん。そんなに俺のことを思ってくれて・・・・でももう決めたことなんだ。ごめんルリちゃん」

このときだけアキトは復讐鬼となる前の優しいアキトに戻っていた。

「ユリカ今日来たのは別れを言いに来ただけじゃないんだ。俺の復讐に付き合わせてしまった子の、ラピスの面倒を看てほしい。身勝手な頼みということはわかっている、だが頼む」

と頭を下げた。

「うんいいよアキト」

このユリカの返事にアキトはユリカへの感謝の気持ちと、ラピスへの罪悪感が去来する。

「本当にすまないユリカ・・・最期にこれを」

といい自分の結婚指輪をユリカの手に渡した。

「それじゃあ私からもこれ、お守り代わりに持っていてくれないかな」

そしてユリカも自分の指輪をアキトに差出た。
アキトは一瞬ためらったが小さくうなずきそれを受け取り、次に自分の首にかけているネームプレートを外し俯いているルリの首にかけた。

「こんなもので許してもらおうとは思わない。でもこれだけは言わしてくれ・・・・ごめんルリちゃん、短い家族生活だったけどとても楽しかったよ」

そして、アキトは全てやる事は終わったというように扉に向かい歩き出した。
その後ろ姿にユリカは最期の言葉を投げかけた。

「アキト・・・もう私じゃアキトを幸せにしてあげる事は出来ないけど絶対自分から死のうとはしないで、これが私の最後のお願い」
「・・・・・」
アキトはそのユリカのその言葉に答えず病室の扉から出て行った。



病室内ではアキトが出て行った後もしばらくの間二人は何も喋らなかったが、不意にユリカがルリに話しかけた。
ルリはゆっくりと顔を上げユリカを見つめた。ユリカの顔は泣きはらしたようになっているのを見るとおそらく自分もおんなじ様な顔をしているんだろうなと漠然と思った。

「ルリちゃん、一つお願いがあるんだけどいいかな?・・・アカツキさんをここに呼んでもらいたいの」
「アカツキさんをですか・・・それはかまいませんが、何をするんです」
「それはアカツキさんが来たら話すから」
「・・・・わかりました」

そしてルリも病室から出て行った。




連合宇宙軍総司令執務室で総司令であるミスマル・コウイチロウはこれからの事について頭を悩ませていた。
火星の後継者の残党、そのことによる宇宙軍の力の減少など色々とあるが、一番は娘婿のアキトのことであった。
火星の後継者に拉致され人間にするようなことではない人体実験を幾度となく行われ、また娘を助け出すために復讐鬼にまでなった。
これがもし自分の立場であってもおそらくそうなったであろう。しかし、その過程で多くの人が死んでしまったのもまた事実であった。
その殆どが火星の後継者の証拠隠滅の為なのだが、その証拠が不十分であった為いまだにコロニー襲撃の犯人はアキトということになっている。
その証拠を掴もうと必死になっていた。
そんな時コウイチの目の前に光が集まり一人の男が立っていた。

「お久しぶりです・・お義父さん」

「アキト君!・・・こんなところに来て大丈夫なのかい?」

コウイチロウは意外な人物の来訪に驚いた。
その様子にアキトは苦笑しここに来た目的を話した。

「今日は今までのお礼と、最後の別れを言いに来ました」
「アキト君・・・」

その言葉を聞いたとき、コウイチロウは全てを悟ったようにきつく目を閉じ一言。

「・・・すまない」
「そんなに気にしないでください・・お義父さん。全て自分の弱さが招いた結果です」
「それでもだ。君には感謝のしようがない。それなのに私は・・・私は息子の一人も救うことが出来ない」
「これからは自分はユリカやルリちゃんを守ってあげることができない。これからも彼女たちをよろしくお願いします」

そう言うとアキトは頭を下げた。

「ユリカたちには」
「ここに来る前に会ってきました」
「・・・そうか・・・」

そういうとソウイチロウは自分の後ろに掛けてある一振りの日本刀を手に取りアキトに差し出した。

「これは我がミスマル家に代々受け継がれているもので銘を『光陰』という。今私がしてあげられるのはこれくらいだ。受け取ってくれ」

アキトはそれを受け取り深く頭を下げた。
そして、アキトの体が光に包まれその場からアキトの姿が消えた。




アキトが帰ってくるとそこにエリナとラピスが立っていた。

「アキト!!」

ラピスはアキトに走りよりそして抱きつきもう離すまいとしっかりとしがみついた。
そんな姿を見たアキトはこれからのことを考えるとさらに罪悪感が込み上がってきた。

「お帰りなさい。・・・済ませてきたのね」
「・・・ああ」
「後悔はないの、今ならまだ・・・」 「もう決めたことだ、いまさら換えることはない」
「・・・・そう」

エリナはその言葉を聞き説得をあきらめた。
ラピスはそのアキトとエリナの会話の内容が分からなかったが今はアキトがいてくれることが一番であったためあまり気にしなかった。
もう話すことはないと言うようにアキトはラピスをつれてその場を去っていった。



其れから1週間後の深夜、最期の出撃に出ようとしてアキトは格納庫に向かっていた。
その途中にアキトを待っていたかのようにアカツキがいた。

「・・・・・テンカワ君、行くのかい?」
「ああ・・・」
「ふぅ・・・こっちだよ」

そういってアカツキはアキトの向かっている格納庫とは別の方へ歩いていった。
アキトはアカツキの行動を不思議に思ったが、とりあえず付いて行ってみる事にした。


しばらく歩くと、目の前に自分の知らない扉が現れた。 「ここは・・・」
「入ってみれば分かるよ」

アキトはそういわれ目の前の扉を開いた。
そこには自分の愛機ブラック・サレナが鎮座していた。
いや、よく見ると細部が違っており、カラーリングも黒に近いが僅かに青みがかっていた。

「この機体は」
「テンカワ君が使っていたブラック・サレナはもうだいぶがたがきていてね、もう整備のしようがないんだよ・・・そこで今まで取ったデータから新たにフレームから新しく設計し完成したのがこの機体さ」
「・・・・」
「小型相転移エンジンを搭載したことにより単独行動が出来ること、最高出力は以前のサレナより1.6倍、地球上でも以前の1.2倍はでる。新武装としては相転移エンジンを使用したことで、小型ではあるけどグラビティーブラストを打てるようになってる。背部についているものがそれだよ。ただし1度打つと冷却のために10分は打てないけどね。後は以前は苦手だった格闘戦も出来るようになっているということかな、機体の両腰にあるDFS、ディストーションフィールドソードは格闘戦もすることを考え取り付けてる」
「アカツキ・・・・」
「機体名は『シオン』」

アキトは少しの間何かを考える用に黙り不意につぶやいた。

「・・・・『シオン』・・・名前に何か意味はあるのか?」
「それは僕からは言えないな。ヒントを揚げるとしたら花の名だよ」
「そうか・・・アカツキ、お前は俺のこれまでの人生で最高の親友の一人だよ。・・・ありがとう」
そういって歩き出すアキトの背中にアカツキは語りかけた。

「・・・君は・・・馬鹿だよ・・帰ってきてもらいたい人が沢山いるのに・・・ほんとに・・・馬鹿だ」

アカツキの目には涙があったがアカツキはアキトに背を向けていたのでアキトからは見えなかった。
アキトは苦笑していたがそれはいったい何に、いったい誰に向けていたものか・・・


シオンが起動した次の瞬間その場にはアカツキ以外存在していなかった。