希望を求めて チュン・・チュン

キー
扉が開く音がしかすみは目を覚ました。

「・・・うぅん・・・」

(・・いけない・・いつの間にか寝てたのね・・・・)

扉の方を向くと丁度アキトがとうり過ぎる所だった。
それを見ると椅子から立ち上がり其方に近づく。

「お帰りなさい」

第四話

出会い・T


アキト挨拶をされ僅かながら驚いた。
そこに居ることにはきづいていたがまさか起きているとは思わなかった。

「・・・・まさか起きていたのか?・・・それとも起こしてしまったか。そうならすまなかった」
「いえ、気にしないで下さい、私が勝手にしたことですから」

かすみは何も聞いてこなかった。
こんな不審な男、警察にでも突き出すのが当たり前である。
それを理由なども聞かず看護してくれた。
アキトは彼女に頭が上がらなかった。

「何か仕事はしているのか?」

かすみはアキトからの不意な質問に少し驚いたがすぐに微笑み答えた。

「あ、はい大帝国劇場で事務の仕事をしているんですよ」
「今日の仕事は大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫ですから気にしないで下さい」

アキトはその事を聞き申し訳なくなった。
そして何かお礼をと思い少し考える。

「・・・・台所を少し貸してもらえるか?」
「?はいかまいませんけど」

アキトはそれを聞くと台所に向かいそして料理を始めた。
かすみはそれを不思議に思い何をしているか訊ねた。

「あの、なにをお作りになっているんですか?」
「なにここまで面倒を見てもらい、何もしないのではな。朝食ぐらいは作らせてもらおう」

アキトはかすみからの質問に答えながらもその手は止めない。

「そんな、アキトさんはまだ休んでいてください。体の方がまだ万全でないんですから」
「それこそ気にしないでくれ、これくらいはしないと俺の気がすまんしな」

そういわれると何も言えなくなる。

「かすみさんは仕事の支度をしておくといい朝食の準備はしておく」
「・・・わかりました。それじゃあよろしくお願いします」

かすみはそう言うと支度をする為に台所から出て行った。


支度が終わり台所に行くとテーブルには美味しそうな朝食が湯気を昇らせていた。
かすみはそれを見て驚いた。

「美味しそうですね」
「口に合えばいいが」
テーブルに配膳されているのはご飯、豆腐の味噌汁、鮭の塩焼き、出汁巻き卵と至ってシンプルではあった。

「さあ、冷めないうちに食べてくれ」
「それじゃあ、いただきます」

かすみは一口食べるとさらに驚いた。

「これとっても美味しいです」
「喜んでもらえて何よりだ」

アキトの反応はいまいちだが、かすみにはそれが照れ隠しであるような気がした。
暫くの間静かに食事が続き30分ほどして終了した。
それを見計らっていたかのようにアキトはお茶を出した。
そして、一息ついた所でアキトはかすみにお願いを切り出した。

「厚かましいのは十分承知しているのだが一つお願いを聞いてもらえないだろうか」
「?何ですか、私に出来ることでしたら構いませんが」
「すまい。お願いというのは働き口を紹介してもらえないかということなんだ」
「働き口ですか?」
「ああ、今の俺には仕事がなくてな、収入がない。何時までも貴方にお世話になるわけにもいかんし、かといって自分で職を探そうにもこんな怪しい男を雇ってくれそうなところそうはないだろう。そういうことだからお願いを聞いてもらえないだろうか」

かすみはアキトからのお願いを聞き暫く考え込んだ。そして、何かを思い出したように話しはじめた。

「それでしたら、私の働いている大帝国劇場で働きませんか。支配人には話は通しておきますから。それに、支配人から一度連れて来るよう頼まれていたんです」
「?」
「アキトさんとラピスちゃんをここに連れてきたとき支配人にも連絡していたので」
「なるほど」
「ここであったのも何かの縁ですしそれでいいですか?」
「こちらは紹介してもらう身だ、そんなに気を使ってもらっては申し訳がない。こちらこそよろしく頼む」

アキトは謝罪とお礼を込め一度頭を下げた。

「そんな、頭を上げてください。何度も言うように困った時はお互い様です。それで、如何しますもうすぐ仕事に出る時間なんですけど、一緒に行きますか?」
「・・・いや、ラピスが起きて一緒に向かうことにする。場所の地図描いておいてくれないか」
「分かりました。でしたらお昼ごろに訪ねてください」
「わかった」

かすみはそう言うと仕事に出掛けていった。




ラピスは目を覚まし傍にアキトがいないこと気が付き慌てて探し始めた。
そして台所にいるアキトを見つけると抱きついた。

「如何したラピス?」
「・・・・・」

ラピスは何も言わない。
アキトは暫くラピスのしたい様にさせていたがそのままというわけにもいかずこれからの事を話した。

「ラピスこれから出掛けるから支度をしてくれ」
「・・・何処に出掛けるの?」
「仕事探しにな。ここで留守番をしているか」

アキトは答えの分かりきった質問をする。

「一緒に行く」

ラピスは一瞬の間もおかず即答した。
ラピスの食事が済み片付け終わると大きめの包みを一つ持ち大帝国劇場に向かった。




アキトの姿ははっきり言って怪しい。
如何に着る物が無かったといってもそのままの姿で出かけるのはまずかった。
全身黒尽くめの姿に、ラピスをつれている。
はっきり言って誘拐犯と間違われてもおかしくない。
いや・・・・それよりも変質者と思われるだろう。
そして案の定警官に捉まってしまう。
しかし、職務質問をされても答えることは出来ない。
そんなアキトは戦略的撤退を行うしかない。
つまり逃げるということである。
そんなこんなを数回繰り返すことでようやく劇場にたどり着いた。

「・・・・ながかった」

アキトのその一言にはどんな思いがあったのか・・・



「お客さんの方も落ち着いてきたし、お昼でも食べに行こうかな」

劇場の売店で売り子をしている高村椿は一息ついていた。
そんな時黒尽くめの見るからに怪しい人が小さい子を連れてこちらに近づいてきた。
椿は緊張し、いざとなった時の為に身構えていた。

「すまないが、ここに藤井かすみという人がいると思うのだが」
「・・・・かすみさんですか?」
「ああ、天川アキトがたずねてきたと伝えてもらえないか」
「失礼ですけど、どのようなご関係ですか?」
「・・・・命の恩人だ」
「・・・・はぁ、分かりました、暫くここで待っていてください」

椿はより警戒心を強めたが、とりあえずかすみに知らせに行った。


「ふぅ、由理もう直ぐ一段落するからそれが終わったら食事にしましょ」
「そうですね。今日は何にしましょうか?」
「そうね〜?」

そんな時事務室に椿が現れた

「あのかすみさん、今売店に小さな女の子を連れた怪しい男の人が来ているんですけど、かすみさん知り合いですか?」
「小さな女の子を連れた男の人?・・・ああ、その人天河アキトさんて言わなかった」
「あ、はいそう名のってました。あの・・・かすみさん知り合いですか?なんか命の恩人だって言ってましたけど」
「そんな、堅苦しいものじゃないんだけど・・・それで今アキトさん売店にいるのよね?」
「はい、そうですけど・・・」
「それじゃ、行ってみましょうか」

そう言うとかすみは席を立ちアキトのもとへ向かった。



「ふむ、やはり警戒されてしまったか」

このかっこでは仕方がない。
大声を上げられ人を呼ばれるよりはよっぽどいい。
アキトはここに来るまでのことを考えていたが、ラピスからの質問にその考えを打ち切った。

「アキト、これ何?」

ラピスがさしているものを確認した。

「ん、ああこれはブロマイドだな」
「ブロマイド?」
「ああ、これはこの劇場に所属している役者のものだろうな」
「何に使うの?」
「・・・・見て楽しむものかな?」
「面白いの」
「それは人それぞれだからな」

そんな会話をしていると奥の方からかすみが来るのが見えたのでこの会話は打ち切られた。

「お待たせしました、アキトさん」
「いや、こちらからお願いしたのだから気にしないでくれ」
「それじゃあ、支配人が待っていますのでこちらについて来てください」

そういってかすみはアキトを支配人室に案内した。

「それにしても、かなり大きな劇場だな」
「ええ、帝都一の大きさなんですよ」

そんな会話をし食堂にさしかかったときラピスと同い年くらいの金髪の少女と袴姿の女性が歩いてきた。

「あ、かすみさん。かすみさんもお食事ですか?良かったら一緒にとりませんか」
「ごめんなさい、ちょっと人を支配人室まで案内している途中なの」

そういわれた女性は、かすみの後ろに居たアキトを見て固まった。
・・・・・数秒後
何とか喋ることができた。

「かすみさんこちらの方は?」

かすみはそんな様子を見て苦笑しながら答えた。

「こちらの方は天川アキトさん。こんなかっこをしてるけどいい人なのよ」
「はぁ、あ!私真宮寺さくらって言います」

さくらが慌てて自己紹介したのを見てアキトは苦笑し自分も自己紹介した。

「今、紹介された天川アキトだ。それから、この子はラピス。これから、ここで働くかもしれないからそのときはよろしく頼む」

そういってアキトは自己紹介をするとまだ喋っていなかった金髪の少女に顔を向けた。

「よければ、君の名前も教えてもらいたいのだが」
「あ、すいません。ほらアイリス自己紹介して」
「・・・・・」

アイリスはそれが聞こえていなかったのか、自己紹介をせずアキトの隣に居るラピスを見ていた。

「アイリス」
「・・・あ、何さくら?」
「だから、アイリスも自己紹介しないと」
「あ、そうだった。私アイリスって言うの。それで、この子がジャンポール。仲良くしてね」

アイリスは、笑顔で自分と持っているクマのぬいぐるみの名前を言った。
アイリスは自己紹介をするとアキトの隣にいるラピスに視線を向けた。
アキトはそれを確認するとラピスに自己紹介をさせるよう促す。

「ほらラピス、ラピスも自己紹介をするんだ」
「ラピス、ラピス・ラズリ」

ラピスの簡潔な自己紹介にアキトは苦笑する。

「すまんな、少し人見知りをするんだが根はいい子だから仲良くしてやってくれ」
「うん!」

アキトはアイリスの元気のいい返事を聞き顔を綻ばせた。

「あの・・・アキトさんとラピスちゃんはどのようなご関係なんですか?」

アイリスとのそんなやり取りを見ていたさくらが質問してきた。
その質問を聞きアキトがどう答えようか悩んでいる時ラピスが喋った。

「私はアキトの目、アキトの耳、アキトの手、アキトの足、アキトの」

ラピスがそう言い出したのでアキトは慌ててラピスの口を塞いだが時すでに遅し。
周りに居たかすみ、さくらはアキトを不審な目で見、アイリスは不思議そうな顔をしていた。

「アキトさん、さっきラピスちゃんが言ったことはどういうこのなんですか。きちんと説明してください」

かすみはアキトにそういって詰め寄った。
アキトは一度ため息をついた。

「はぁ・・・言わなければいけないか」
『はい』

かすみとさくらから詰め寄られ、如何したものかとアキトは考え説明を始めた。

「あまり、聞いても面白いものでもないんだがな。簡単に言うと孤児だったラピスを俺が引取り、この子が俺の生活の補助をしてくれていたんだ」
「あ、すいません!」
「いや、気にしなくてもいい」

アキトはそういうとさくらがもう一つ気になる点について質問した

「でも生活の補助って?あ、言い難いことでしたら」
「ああそのことか、俺はここ最近まで視力と聴力がまったくといっていいほどなくてな。彼女が色々と助けてくれたんだ」
「すいません、そんな事情があったなんて」
「いや、いずれは話さなければならなかったことだ」

そういうとアキトはアイリスの方を向いた。

「アイリスだったかな、俺のせいでこの子の周りにいたのが年の離れた大人ばかりだった為に同年代の友達がいないんだ、そういうわけでさっきも言ったがラピスと友達になってもらえないか」
「うん!!私もラピスと友達になりたい」

アイリスはそのアキトの願いを聞き笑顔で答えた。
それを確認するとアキトはアイリスの頭を優しくなでた。

「ありがとう」

アキトはお礼を言うとここに来た目的を思い出しかすみに案内を続けるようお願いした。

「少し、時間をくってしまったな。すまないが支配人室までの案内の続きを頼めるか」
「あ!そうでしたね」
「ねえ、アイリスも一緒に行っていい?」
「?ああ、俺はかまわないが」
「それじゃあみんなで行きましょうか。その後で一緒に食事をしましょ」

そういってその場にいる全員で支配人室に向った。
その短い道中アイリスは積極的にラピスに話しかけ、ラピスはそれに如何答えたらいいのか悩んでいるように見えた。
アキトはその光景を横目で見ながらここに来て良かったと思った。

支配人室の扉の前に到着しかすみがノックをした。

コンコン
「支配人、アキトさんを連れてきました」
『おう、鍵は開いてるからへえってきな』

扉の向こうからそう返事が返ってきたのでかすみは扉を開けた。
扉を開けた向こう側に返事をしたと思われる人物がいた。
その人物は片手に一升瓶を掲げ昼間から一杯引っ掛けていた。
アキトはそれを見ると一瞬呆気にとられ本当にここの責任者かと思ったが、視線が合うとその認識を改めた。

「もう、支配人こんな日の高いうちからお酒なんて飲んで」
「いいじゃねえか、それよりそっちのあんちゃんがそうなのかい?」
「あ、そうです」

そういってかすみは両者を紹介した。

「アキトさん、此方がこの劇場の責任者の米田支配人です。それで支配人、此方が朝お願いした天河アキトさんです」
「今回は、無茶なお願いを聞き入れてくれて感謝する」
「まあ、そんなかしこまらねえでくれ」
「おう、かすみこちとら天河と仕事についての話があるからもういいぞ」
「分かりました。それではアキトさんまた後で」

そういって、みんなを連れて部屋から出ようとしたがラピスだけはアキトのマントを掴んでおりその場から動こうとしていなかった。

「?ラピス、如何した?」
「ラピスもここにいる」

ラピスのそんな行動にアキトは苦笑した。

「ラピス、俺は何処にも行かないから」
「・・・アキト、まえうそついた」
「う・・・こ、今度は何処にも行かないから、な」
「・・・ホント、今度はうそつかない?」
「ああ、今度は嘘つかないから」

アキトのその返事を聞き暫くアキトの顔を見ていたがしぶしぶながらも納得したのかみんなに続いて出て行った。

「それでは支配人、アキトさんまた『ああちょっと待ってくれ』」

最後に出て行こうしたかすみをアキトは呼び止めて自分の持っている包みを差し出した。

「これは?」
「弁当だ。勝手に台所を使用させてもらったことは悪いと思ったんだが」
「あ、いえ気にしないでください」
「みんなでこれを食べてくれ。」
「あのいいんですか?」
「ああ量は少ないかもしれないがみんなと一緒に食べてくれ」
「わかりました」

かすみはそう言って包みを受け取り扉から出て行った。
アキトはそれを確認すると米田に向き直る。

「またせたな」
「いや・・・気にしてねえさ」

米田はそういうと意地の悪い笑みを見せた。
アキトはそれを見ると少し顔をしかめたが何時までも其のままではいけないので話を切り出した。

「・・・・・・・それで、俺に聞きたいことは何だ」
「いきなりだな、まあいいいか。じゃあ単刀直入に聞くぜ。おめえなに者だ?」

米田はそう聞くと何かを探るように、アキトを見ていた。
その姿は先ほどの飲んだくれの物とはまったく違っていた。
その眼は自分の義父に良く似ていた。

「俺の正体か・・・・・ただの怪しい姿をした男ではだめか?」
「・・・・・・それを信じろとでも言うのかい。まあそのかっこが怪しいというのは納得だな」

米田はそういって苦笑する。
そしてアキトは顔につけているバイザーを外し一言言った。

「いつか、・・・いつか機会があればその時話そう・・・・・」

アキトがそういうと米田はその姿を暫く見る。

「わかった、じゃあこの話はここまでだ。かすみから聞いたんだが今日来たのは仕事探しだそうだな」
「ああ、何か俺にでも出来る仕事があればほしいのだが」
「ふむ・・・・おめえさん料理が出来るみたいだが、うちの食堂で働くかい」
「それは料理人としてか?もしそうならそれは遠慮したいんだが」
「どうして?」
「まあ、一身上の都合というやつだ」
「ふむ、それじゃあ食堂の給仕でもしてもらうか。しかしそのかっこじゃあ接客は無理だからな。制服は此方で用意するがいいか?」
「ああ、それでかまわない」
「じゃあ今日からやってもらうからとりええずこの服にでも着替えておいてくれ」

そういって制服をわたした。
「仕事は飯を食ってからでいいからよ」
「わかった。・・・・此方からも一つ質問をいいか」
「?かまわねえぜ、なんだい」
「ここは、ただの劇場か?」

質問をされた米田は僅かに目を見開き其の後眼を鋭くした。

「どういうことでえ?」
「・・・・・・・・・・いや、少し気になってな」
「そうかい」

アキトはそういうと言うと扉に向って歩き出した。
扉を開け退出しようとすると米田が呼び止めた。

「最後に一つだけ聞いていいかい。おめえは俺たちの敵か?」
「・・・いや、少なくとも今俺はあんたたちの敵ではない。しかしあの子に、ラピスに危害を加えようとするならどうなるかは・・・」
「わかった、引き止めてすまなかったな」

米田がそういうとアキトは部屋から出て行った。