*この作品は独自の解釈や設定を使用しておりますので、そういうのが嫌いな方はプラウザでお戻りください。それでも構わない方は、どうぞお楽しみください。




地球の民にとって彼の人は世紀の犯罪者であり、数十億の命を奪った殺戮者である。 木星の民にとって彼の人は死の具現者であり、彼らの過ちから生みでた裁きの使者である。 では、我ら火星の民にとって彼の人は何であるのだろうか? 答えるまでもない…… 我ら火星の民にとって彼の人は救世主であり、悪しき権化の者たちを滅ぼした神である。 我ら火星の民と妖精は、彼の人の名の元に永遠の平穏と侵されぬ楽園を手に入れたのだ。
                 〜黒の書 火星創造 第一章より〜




               夜に舞踊りし復讐者

               序章 運命の狂いし夜






足を踏みしめる大地はなく、肌を撫でる風もない。あるのは生命の光に満ちた星々だけの空間にテンカワアキトはいた。

(……暇だな)

声にはださず、心の内でため息を吐く。数百年ぶりに『座』に戻って来たが、前に召喚された世界が慌ただしく刺激的だったせいか、ただ星を眺めているだけの現状に不満を抱く。

(あの時は時間が欲しいと思っていたが……)

いざ時間ができると退屈している現実に、アキトは苦笑する。 『彼女』と契約を交わし、幾つもの世界をアキトは渡り歩いた。ある時は、とある世界規模の正義の傭兵団に喧嘩の売り買いをしたし、魔王として世界征服をした事もあった。またある時は、虚無の使い手と呼ばれる事になる少女達の使い魔になったり、とある鬼畜王が悔しがる程のハーレムを築き、好色王と呼ばれた事もあった。(その際、女性関係の事で何度か揉めたが……)

いろいろ無茶をやったおかげで世界の『意思』や神々にまた来てくれ、面白かったなどの賛辞を貰った。(何でもイイ暇つぶしになったとか) そのせいで世界の『意思』や神々の娯楽のために召喚される事もあったが、純粋な『想い』に召喚される事もあった。

死に逝く世界で、恋人を犠牲にして人類を救った事に後悔している男の願いを叶えたり、有限の世界で殺し合う妖精達や義妹を救い助けようとする少年を鍛えたりもした。 そんな中で、アキトと同じ契約を交わした者や英霊になった者もいたし、因果律から外れ永遠に輪廻の外を彷徨う者もいた。

(そういえば、元気にしているかな?彼らは……)

持て余していた時間で、今までの事を振り返っていたアキトは、自分の魔術の師である獣と呼ばれていたロリコン魔術師とその妻を思い出した。

(たしかナイアが……二人の間に子供が出来たと、この前会った時に言っていたな。)

二人に最後に会ったのは、アキトにとって数千年前のことだし、まだお祝いの言葉も贈っていない。

(久々に会いに行こうか。子供の顔も見たいし。)

そう思うとアキトは、瞳を閉じ全身の力を抜いて意識を他の空間へと集中する。 幾百の世界を越え、幾千の宇宙を越え、神の箱庭をも越え、目指すべき最果てを知覚する。

(…………………ん?)

意識を集中していたアキトは、何かに引っ張られる感じに眉をしかめた。また、娯楽に付き合わされるのかと内心ため息を吐きながら、知覚している空間から己を引っ張る力に意識をむける。

そして、アキトは叫びを聴いた。神を呪い、運命を憎み、消えかけている希望に恐怖し、変える事のできない現実に嘆き………………無力な己に絶望する魂の叫び。

アキトは僅かに口元を歪める。『其処』にはかつての『アキト』がいた。神を呪い、運命を憎み、消えかけている希望に恐怖し、変える事のできない現実に嘆き………………無力な己に絶望する昔の『アキト』が……否、同じ『想い』を抱いた存在が…いた。

「希望を与えよう。救いを与えよう。未来を与えよう。」

光輝く星だけの空間のなか、アキトの詩が響き渡る。

「其の純粋なる想いは深遠なる闇を越え、我が内に届く。」

アキトの周りに複雑な紋章が描きだされる。

「人の造りし神は、汝の想いを受け止める事は出来ず……」

紋章が紅く輝き、アキトを呑み込んでゆく。

「人の身では運命に贖う事もままならない。」

『座』から堕ちる感覚に、アキトは笑みを浮かべる。

「故に叶えよう、汝の願い。故に狂わそう、汝の運命。」

次に起こる出来事に想いを馳せながら……

「汝の想いが成就せし時、汝は我に相応の対価を支払う。」

繋がりゆく意識のなか万感の想いを込め、最後の一節を唱える。

「愛しき愚者よ……汝は我に何を与える?」

そして――――――
















妹が手術室に運び込まれてから、もう三時間経過した。私は暗闇に包まれた、誰もいなくなった廊下をボーと眺めていた。 ――――――交通事故だった。買い物帰りの祖母と共に帰宅している途中、居眠り運転をしていたトラックが突っ込んだのだ。祖母と運転手は即死。妹は瀕死の重体で、今も手術室中だ。

「……な…んで…………?」

口からこぼれ落ちた言葉……そう何故こんな事になったのだろう? 一年前、兄が死んだ。元々、体が弱かったせいなのか風邪をこじらせ死んでしまった。優しい兄だった。あまり外に出ることもなく、毎日家で難しそうな本ばかり読んでいた。遊んでもらった記憶はあまりないが、博識だった兄は私にとって自慢の兄だった。

「な……んで?どう……して……?」

三ヶ月前、両親が死んだ。古い友人に会いにいった帰りにそれは起こった。飛行機事故だった。私と妹はたまたま、林間学校があったため、付いていくことが出来ず助かった。父は家に居る時は、本を読んでいるか庭の花壇のお世話をしていた。あまり喋る人ではなかったが、私や妹の話をいつも黙って聞いて、時々褒めてくれたり頭を撫でてくれたりした。母は、落ち着いていて冷たい感じのする人だったが、私や妹に音楽の楽しさを教えてくれた。二人の死に、私や妹はしばらく立ち直る事ができなかった。私達の家には結構な資産があったのだろう。遺産目当てな親戚たちの視線や態度がさらに私達を追い込んだ。

そんな親戚を一喝し、私達を引き取ったのが祖母だった。両親の友人であった弁護士に話をつけ、私達が成人した時に両親の遺産を使用できるようにしてくれたのだ。その時は気がつかなかったが、後で私達が落ち着いたときに話してくれた。

「なん……で?……なんで?」

頼れる祖母は、もうこの世にはいない。死神に連れていかれたのだ。兄や両親達のように……そして死神は妹までも連れていこうとしている。

「私達が……私達が何かしたの?」

嗚呼、神が憎い。運命が憎い。私から大切な人達を奪っていくモノが憎い。でも、一番憎いのは……何もできない無力な自分。力が欲しい。死神をも、運命をも凌駕する力が……欲しい。

欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。ホシイ。ホシイ。ホシイ。ホシイ。ホシイ。ホシイ。ホシイ。ホシイ。ホシイ。ホシイ。ホシイ。ホシイ。ホシイ。ホシイ。ホシイ。ホシイ。ホシイ。ホシイ………………………………

心の内を渇望が支配する。力を欲する心。脆弱な私が、臆病な私が、現状を打破するために力を求める。しかし、冷え切った理性が囁く。――――――如何に力を望んでも、手に入りはしない。無力なままお前は奪われるのだと。

「……ぅぅ……ぅ……」

声を押し殺して泣く。神にどんなに祈っても、救われないと一年前に知った。 希望を抱けば抱くほど、絶望を深くすると三ヶ月前に知った。 明日がどんなに儚く、脆いものなのか祖母の死で知った。

「…たす……け…て……みか…を…たすけ……て…」

それでも――――――願わずにはいられない。神でも悪魔でも良い、誰でも良いから妹を救えるなら、何でも良いから助けてと、祈らずにはいられない。

『希望を与えよう。救いを与えよう。未来を与えよう。』

突然、詩が聞こえてきた。私は顔を上げ、涙で滲む目を手の甲で擦りながら辺りを見渡すが誰もいない。

「幻、聴?」

精神が参ってきたのだろうか。私は、左右に頭を振ると大きく深呼吸をする。

『其の純粋なる想いは深遠なる闇を越え、我が内に届く。』

慌てて立ち上がり辺りを見渡すが、人の気配はしない。静寂が廊下を支配している。

『人の造りし神は、汝の想いを受け止める事は出来ず……』

声をだし、この悪戯を止めさせようとしたが、いつの間にか喉が渇き、声がだせない。

『人の身では運命に贖う事もままならない。』

いつの間にか体が動かなくなっていた。背筋に冷や汗が流れる。

『故に叶えよう、汝の願い。故に狂わそう、汝の運命。』

そして、私は理解したのだ、この現象がなんなのか。これは夢でも私の頭がおかしくなったのではない。そうこれこそ――――――

『汝の想いが成就せし時、汝は我に相応の対価を支払う。』

私が求めていた――――――

『愛しき愚者よ……汝は我に何を与える?』

――――――救いなのだと。

詩が終わると同時に『彼』は舞い降りた。黒い外套を翼の様に広げ、音も無く着地する。全てを黒で纏い、黒いファントムマスクで顔を隠した『彼』が、私の前に立つ。

「君の願いは……なんだ?」

低く無機質な声で、『彼』は私に囁いた。






あの時からだろうか、私達の運命が狂いだしたのは……。あの日の夜、私は祖母と妹を失うはずだった。 あの日の夜、妹はその短い人生を終わらせるはずだった。でも、あの日の夜の『彼』との出会いが私達の運命を狂わせたのだ。でも、後悔はしていない。妹が助かったのだから。 そう…………あの日の夜、絶望する私に…死に逝く妹に、狂った運命が訪れた事をあの日の私はまだ……知らない。




*あとがき* 始めまして、星屑といいます。夜に舞踊りし復讐者をお楽しみいただけたでしょうか。 投稿するのも作品を書くのもこれが初めてなので、長々と付き合っていただければ幸いです。 では、また次回にお会いしましょう