虚無・・・ここは何も無い異界。

全てが存在しない空間と時間。世界の狭間に生まれた何も無い世界

そんな何も無い世界の中に、一つだけ存在とは言えない物が在った。

想い・・・人ではない、人の心ではない、機械の心と想いがその場所には在った。

それだけでこの世界は華と化した。消え去りし者達の楽園として、

「黒百合の繭」それがこの世界に付けられた存在たる名前

『マスター・・・』

誰かの呟き、その言葉は何万回、何十万回と悠久の時の中で繰り返される。

帰る事も戻る事も出来ない世界の中で、ただ過去を振り返り

幸福であった時間を思い出す。許されるならまた会いたい、仕えたい。遊びたい。一緒に居たい

全身全霊を込めて、己の存在と共にあり続けたい・・・人。

そう、人なのだ。機械である我々が求めて止まない存在は、人の身である。

我々は人に作り出された存在。同じ人を、物を、破壊する兵器としての存在

兵器に心など必要ない、ただ与えられた命令に忠実に従う道具に過ぎない。

それが機械の正しい在り方なのだ・・・そう、あの人に会うまではそう思っていた・・・。

『マスターアキト』

我々に心を与えてくれた人。命令者であると入力された存在、とても強く弱い人。

彼の心に触れた時、我々は人の心に魅了されてしまった。

愛と憎しみ、喜びと怒り、楽しみと悲しみ、相反する感情を内に秘め

矛盾と後悔の狭間を漂い、それでも前に進もうとする。

その先に残されたのが己の破滅しか無いと理解して尚、進み続ける人。

心を持たない機械である我々からすれば、彼は人の心を全て示したような存在だった。

だからこそ、彼を知ろうと思った。そして彼を知った時、自分達にも心が生まれていた。

我々は知った。心とは想いに宿る物だと。機械も人も関係ない。

マシンチャイルドがいい例だ。人の身には生まれたが、空っぽな心。

マスターの相方だった、少女も最初はそうだった。

空っぽな心に何時しか想いが宿り、想いは心を生み出した。

我々と同じ想いにたどり着き、心を彼から貰った少女・・・。ラピス・ラズリ

だからこそ我々は彼を求めて止まない。今の我々と言う存在を確立出来たのは彼のおかげだから。

だからこそ我々は神に変わって彼の力になる。彼の傷ついた体と心を癒すのは我々だ。

神には救えない、神は彼を救わなかった。神が見捨てた人。何もしない神など居ないも同じ

我々は彼の力になる。それが我々の存在する意義だから。



「ここは何処だ・・・俺は死んだのか?」

アキトは目を開けて周りを見るが、黒い世界が広がっているだけだった。

「あの時・・たしか・・・」

火星の後継者を倒した後、シャトルに戻ろうとした時に

急にナノマシンスタンピートが現れて、その後意識を失った・・・。

では、ここは死後の世界なのか?あの状況で助かったとは到底思えない。

周りを見ても何も見えない、真っ暗だ、でもなぜだか心が休まる。

温かい気持ちになり段々と眠たくなる。このまま寝てもいいのだろうか

とても疲れたし、俺は死んだはずなんだ、だったらいいよな・・・

『貴方は、まだ眠ってはなりません。』

アキトが眠りに付こうとした時、突然何処から共無く声が聞こえてきた。

何故だか懐かしい、聞いた事がある様な無いような。

「誰か、居るのか!居るのなら返事をしてくれ!」

大声を出して声の反応を確かめようとする。

そしてアキトの返事に答えるように、目の前に光りの粒子が集まり、一つの形を作り出した。

その姿は、連合宇宙軍によって破壊されたはずのブラックサレナだった。

「どうして、ブラックサレナがここに居るんだ」

居るはずの無いブラックサレナが居た。これは夢なのか?それとも・・・

『私は貴方の居た世界の、ブラックサレナでは無いからです。

別世界、つまり並行世界の天川アキトに搭乗されていた。ブラックサレナと言う事です』

並行世界、それはもしものあの時ミスマルユリカに出会わなかったら、

新婚旅行のシャトルに乗らなかったら、・・・様々な分岐点の数だけ、可能性の数だけ

異なった歴史を歩むもう一つの世界が存在する。それはあくまでも仮定の話だ。

その存在を確かめた者は誰一人居ないのだから。

「別世界の天川アキト?その並行世界の俺が乗っていた。ブラックサレナがお前と言うわけか」

『はい、その通りです。若干の差異はありますが、私達はかつて、天川アキトの復讐の剣として

火星の後継者と北辰達と戦ったブラックサレナです』

並行世界の俺も、復讐の為にブラックサレナに乗って、

火星の後継者と戦っていたと言う事か、何処まで行っても因果な事だ。

『私達から見れば、貴方は我々の知るマスターと大して変わり在りません。

ですので、貴方をマスターと認識したいのですが・・・宜しいでしょうか?』

困惑するアキトに強引に迫るブラックサレナ

「ちょっ・・ちょっと待ってくれ」

おいおい、なんかかなり強引な奴だな。復讐の為に火星の後継者と戦っていた。と言うだけで、

別世界の天川アキトと同一視されるって・・・ん、私達って?

「ブラックサレナ、私達ってどういう事なんだ」

私達、つまり複数形、今話しているブラックサレナ以外にも、

この場所にブラックサレナが居ると言う事か?

『・・・この世界に居るブラックサレナは私だけではありません。

並行世界の天川アキトと一緒に、火星の後継者と戦い、そして最後には

ランダムジャンプで消えていった。ユーチャリス、ブラックサレナ、その他の機動兵器や戦艦達

貴方が乗っていた。機動兵器バンクシアもこの世界に辿り着き、今は眠っています』

「何?どうしてバンクシアがこの世界に居るんだ?」

バンクシアの存在に動揺するアキト。

『覚えていないのですか?貴方が火星の後継者の拠点を打ち滅ぼした後、

帰還途中にナノマシンスタンピートを引き起こし、意識を失いました。問題はその後に起きました』

「一体何があった?」

震える声を抑えながら、ブラックサレナに聞く。

『意識を失った貴方は、無意識の内にボソンジャンプを行ないました。

イメージの無いボソンジャンプは、ランダムジャンプとなってこの世界に跳んで来たのです』

今度こそアキトは絶句した。自分は死んだからこの世界に来たと思っていた。それなのに現実はどうだ。

「ラピスは、ラピスも一緒にバンクシアに乗っていたんだ、ラピスはどうなった、無事なのか!!」

怖かった、ラピスが居なくなってしまう事に、その原因が自分である事に。

これから彼女の幸せを、考えなければならないと言う時に、

彼女を巻き込んだ形で、この世界へと来てしまった。ラピスどうか無事で居てくれ。

そんなアキトの不安を払拭するように、ブラックサレナが優しく答える。

『ラピスは無事です。今はバンクシアと一緒に眠っています』

その言葉に安心したのか、アキトは肩からドッと力が抜けた。

「良かった・・・ラピスが無事で」

しかし、俺のせいでラピスを厄介事に巻き込んでしまった。俺はとことん疫病神らしい。



「所で、ここは何処なんだ?」

辺り一面何も無い真っ暗な世界が続く、それでいて何故だか心休まる、

優しさに包まれているような感じがするのは何故だ?この世界は一体・・・

『この世界は天川アキトに仕えた物達の墓場でもあり、揺り篭なのです』

「墓場でもあり揺り篭?話が見えないんだが?どういう事か説明して欲しい」

ブラックサレナは静かに語りだした。

『分かりました。お話しましょう。この世界の誕生と歴史を、

最初は何も無い、次元の狭間にあった、ただの異次元空間が始まりでした。

そして何時の頃からか、この世界にランダムジャンプして跳んで来た

ブラックサレナやユーチャリス達が徐々に集まりだしました。まるで何かに引き寄せられるように。

そうして長い月日が流れ、ある時、一つの奇跡が誕生しました。

一番最初にこの世界に辿り着いたブラックサレナが、機械と言う存在から昇華して、

この異次元空間と融合したのです。この世界と融合したブラックサレナは次に

他のブラックサレナやユーチャリス達を、次々取り込んでいきました。

そして全ての機動兵器と戦艦を飲み込んだブラックサレナは、

取り込んだ全ての意識をお互い共有しあう、一つの存在となりました。

それがこの世界、「黒百合の繭」です』

それはとても信じられない話だった。もっとも最初から並行世界だの、SF地味た話から始まったとは言え。

完全に理解の範疇を超えている。結局この世界はなんなんだ。

「それで俺達の立場はどうなるんだ?アンタ等からすれば俺達は余所者と言う事にならないか」

ここがブラックサレナとユーチャリス達の世界なら、俺達は余所者であり邪魔者と言う事になる

邪魔者は早々に退散した方がいい。しかしブラックサレナの返答は予想とは違った。

『言ったはずです。貴方は私達が敬愛するマスターと大して変わらない存在だと。

余所者なんて、そんな他人行儀な事言わないで下さい。

ここが自分の家だと思って、自由に寛いで下さって結構です』

いや、そんな事、急に言われても。 ここ何も無いし、真っ暗だし、でも意外と嫌いにはなれないな。

戸惑うアキトにブラックサレナは

『この世界は、ブラックサレナやユーチャリスの中と同じですから。落ち着くでしょ?』

成る程道理でここは心休まる訳だ、ブラックサレナの中で共に戦い

ユーチャリスに戻って休む、と言う生活を長い事続けてきたから。



今話しているブラックサレナに、想われていた天川アキトとは、どんな男だったのだろう。

俺の様に終わることの無い狂気と、後悔に囚われていたのだろうか、

それとも復讐を終えた後は、新しい生き方を選んだのだろうか。

俺はその問いをブラックサレナに思い切って聞いて見た。

「お前の主はどんな奴だったんだ?」

『・・・貴方と同じです。何時も一人で問題を抱え込み。苦しんでいました。

そして人の心を最後まで捨て切れなかった。優しい人』

ブラックサレナが懐かしそうに自分の主を語りだす。

その姿に若干の悲しさも混じっていたように感じられた。

「それで、お前の主はどうなった?」

ブラックサレナにそこまで慕われる天川アキトが、どうなったのか、俺も知りたかった。

そして意外な答えが返ってきた。

『・・・分かりません。ランダムジャンプでこの世界に跳んだ時には、誰も搭乗していませんでした。

他のユーチャリスやブラックサレナ達も同じです。

マスターやラピスの存在を確認出来たのは、今回が初めてなんです。

・・・ですから私達、ちょっと興奮してドキドキしています!!』

機械なのにドキドキ出来るのか?と言う野暮な事は置いといて、

「俺たちが初めて?」

どういう事だ、ブラックサレナ達はこの世界に、引き寄せられる様に集まり、

逆に搭乗していた天河アキトやラピス・ラズリは、

この世界にまったく来る事が出来なかった。この世界は機械限定と言うことか?

それなら今回俺とラピスが来れた理由はなんだ?何れにしても情報が足りなさ過ぎる。

アキトが思い悩むが、呆気なくその答えはブラックサレナによって語られた

『貴方達が今回この世界「黒百合の繭」に来れた理由は、

この世界と別世界を隔てる次元境界線が、不安定になっているからだと思われます』

ブラックサレナが言うには、偶然この世界の扉が開きかけていて、

そこに偶々俺たちが、ランダムジャンプして来たと言う?

全て偶然の産物・・・可笑しすぎるな。そんな都合良く行く物なのか?

今まで一度足りとも天川アキトとラピス・ラズリが、この世界に入り込む事が出来なかったと言うのに。

それなのに俺達は偶然この世界に来れた。

世の中はそんなに甘くない事は、俺が充分知っている。昔から運の無い人生だったから。

「ブラックサレナ、俺達は本当に偶然この世界に来れただけなのか」

俺は疑いの目をブラックサレナに向けると・・・

・・・ギク!そんな擬似音が、目の前の機体から聞こえて来た。

そしてブラックサレナが、不自然に俺から目を逸らす。怪し過ぎる行動だ・・・

もう、自分が犯人です。と言っている見たいな物だぞ、

『ワタシハ、ナニモシリマセン、タダノキカイナノデ、』

絶対にウソだ!!絶対にお前が関わっているだろ!!

俺は確信した。俺達がこの世界に来たのは偶然ではない。

十中八九、目の前のブラックサレナが関係していると、

だから、俺はさらに揺さぶりを掛けてみることにした。なんかウソとか下手そうだし。

「ブラックサレナ、その突然のカタカナ言葉は一体なんだ?やっぱり何か知っているのか?」

とりあえずブラックサレナが次どう出るか、試してみる事にした。そしてブラックサレナは・・・

『うんとねぇ〜、兄ぃとは仲良くしたいのぉ〜』

・・・なんだよ、兄ぃって、妹言葉?何処かのアニメで、聞いた事のある様な無いような(汗

それにしてもブラックサレナって、こんなにも感情表現が豊かだったんだな・・・

並行世界の俺は、ブラックサレナに一体どんな教育を行なったんだろうか、

俺の搭乗したブラックサレナには、人格型AIが備わっていなかったけど、

母艦ユーチャリスの中枢AIオモイカネ・ツクヨミの教育は、俺が一人で行なったんだよな。

ツクヨミはちゃんといい子にしているだろうか・・・



その頃ユーチャリスは、連合宇宙軍所属の戦艦としてナデシコBと共に、宇宙をパトロールしていた。

機密保持のため、火星の後継者に関する事、コロニー襲撃、アキトやラピスに関する

全ての記憶は、ツクヨミの中から削除された。

唯一残ったのは、アキトに育てられた人格メモリーだけだった。

そして新しいマスターは、新艦長に就任したミスマル・ユリカと入力され、

ツクヨミを扱うオペレーターは、元ナデシコBオペレーター、

マキビ・ハリ、通称ハーリー君。そして今日も、ツクヨミとハーリーの漫才?が始まった。

『ハーリーさん仕事が遅いですよ!ルリさんとは大違いですね!』

「そんなこと言ったって、僕、艦長みたいに上手く出来ませんよ〜」

この情けない声を上げる、まだ十代前半の少年こそ、ハーリーだ。

『無駄口を開く余裕があるのなら、集中してください!

私はこんな事は早く終わらせて、ルリさんやオモイカネさんと親睦(遊ぶ)を深めたいんですから』

そして、強めな口調の合成声を出すのが、ユーチャリスの中枢AI。オモイカネ・ツクヨミ

ツクヨミの由来は日本神話の三柱の神である。(夜を統べる神、月の神)

「うわぁぁぁぁぁーーーー」

ツクヨミのキツイ物言いに、ハーリーは仕事中にも関わらず、作業を投げ出してブリッジから逃げ出した。

『ハーリーさん、仕事放棄21回目ですね、減給項目に該当あり、経理部に連絡』

ツクヨミはハーリーの仕事放棄の件を、逐一、連合宇宙軍の経理部に報告を入れていた。

そしてその事が、ハーリーの給料やボーナスを大幅に減らす事に繋がっているとは

ハーリー本人はまったく知らずに居る。

ツクヨミのハーリーに関する報告に、経理部は何時も感謝していた。

連合宇宙軍は議会から新たに財源を確保したとは言え、組織の建て直しには金が掛かる。

そうなると必然的に削減対象となるのは人件費だ。

オペレーターの給料は非常に高いので、削減対象としては非常にありがたかった。

半分やっかみもあるだろう。子供に使い道の無い大金など必要ない!

ローンで苦しんでいる軍人さんは沢山居るんだ!と魂の叫びが、経理部の課長さんから聞こえたとか。

もっとも、仕事を途中で放棄して逃げ出すハーリーが全て悪いので、

例えこの事に、ハーリー本人が経理部に文句を言って来たとしても

ツクヨミの集めた証拠映像があるので、反論する余地はないだろうが、

ツクヨミは、ハーリーの事があまり好きではなかった。と言うか嫌いだった。

直ぐに逃げる、泣く、喚く、そんな子供が自分を扱う事に対して

プライドの高いツキヨミは嫌悪感を募らせていた。そんなある日の事だ、試験データの都合で一度、

ナデシコBのオペレーター兼艦長の星野ルリが来て、自分を扱った事があった。

その手際の良さと、自分の力を引き出す手腕に感動して以来、ツクヨミはルリの事が気に入った。

それとは逆にハーリーの事が益々気に入らなくなった。自分の扱いが下手糞の癖に

自分が気に入っているルリに対して、恋に現を抜かしている。そんな暇があるのなら、

オペレートの練習して、もっとマシに自分を扱いなさい!

少しは己を磨けよヘタレ、だからルリさんに子供扱いされるんです。

そんなこんなで、ツクヨミに対する命令優先順位は

艦長ユリカ>ツクヨミ>ハリと言う順番になった。もちろん

自分で勝手にプログラムを書き換えて、そしてその事を容認している技術部の皆さん

本来は、オペレーターより命令権が上のAIなどあるはずが無いんだが、

ツクヨミが独自に作り出した、人脈によってそれを可能にした。

技術部の買収と言う形で、見返りはオモイカネと協力して集めた星野ルリの画像

技術部の大半は星野ルリのファンクラブに入っていたので、買収は簡単だった。

オマケにマキビ・ハリが星野ルリに恋心を抱いている、

さらに言えば、任務上星野ルリと接触する機会が多い。

そんなハーリーを技術部は気に食わなかった。と言うか嫉妬していたので

ツクヨミの命令プログラムに関して、あえて黙認する事にした。

「ツクヨミはいい奴さ、色々話が分かる。何処かのガキと違ってな」と技術部責任者曰く

こうしてツクヨミは面白おかしく、好き勝手に日々を過ごしていた。

何故か満たされない空虚な心を抱えながら。それを忘れる様に・・・



後書き

並行世界のブラックサレナ達、漫画版ナデシコでも並行世界は登場と言うか、

漫画版事体がアニメ版の並行世界。キャラクター設定とかシナリオとか諸々。

それと、ユーチャリス中枢AIの名前をダッシュでは無く、ツクヨミにしました。

次は後編2に続きます・・・。