『マスター、これからどうしますか?』

これからの生き方か。・・・今は何も考えていないが、当然裏の道に戻るつもりは無い。

今の自分に一体何が出来るのか。それを落ち着いた場所で考える必要があった。

「・・・とりあえず、ここが何処なのか確かめる事にするよ。」

何処かの森の様だが、暗くてよく周りが見えない。自分が知っている場所では無い事は間違いない。

ネルガルに連絡は取れない。自分は表向き死んだ事になっているから、

それに軍や企業の目の届かない場所に、ほとぼりが冷めるまで潜伏する必要がある。

『月や星の位置関係から、地球の極東地域である可能性が高いですね。』

「では・・・ここは日本なのかサレナ?」

もしここが日本なら、初めてボソンジャンプした佐世保か、

蜥蜴戦争時に個人行動を軍に問題視されて、ナデシコを降ろされた横須賀の可能性もある。

もっとも。二週間前の月へ跳んだ時の様に、

自分がまったく知らない、行った事も無い場所へ跳んだ可能性もあるわけで、

現状で直ぐに結論を出すには情報が足りない。そんな俺の考えにサレナも同調した。

『何分今回はランダムジャンプですので、同じ時間軸とは限りません。

過去や未来、異世界や並行世界の可能性もありますので、現時点で答えを出すには時期尚早かと・・・』

自信無そうにサレナは答えた。やはり情報不足は否めない。

可能性は無限大と言う事か、もしかしたらここは地球では無く、地球に似た世界なのかもしれない。

「とりあえず、森を抜けて近くの街に行こう」

情報収集の基本は街に行って情報を集める事。例え言葉が通じなくても、文字が読めなかったとしても

ここが地球なのか異世界なのか、過去なのか未来なのか。それぐらいは判断する事が出来る。

しかし、サレナは別な意味で俺に不安を抱いていた。それは・・・

『マスター、・・・そのカッコで街を出歩くのは・・・少々問題があるかと』

全身真っ黒な戦闘スーツ。そして止めの黒いマント。

これで黒いバイザーをしていたら完璧!しかしバイザーは無くなってしまったので

アキトの(変態度)が大幅に低下していた。これはアキトの端正な顔が表に晒された事で

奇抜なフッションとの融和性が、相殺された事が大きな要因の一つ。

やはりあのバイザーを付けていると付けていないのでは、アキトの印象を180°別な物へと変える

黒い三点セットの完全装備の状態では、何処からどう見ても、コスプレイヤーにしか見えないフッション!

秋葉原に行けば、沢山写真を撮られる事になるだろう。そんな無自覚なアキトをサレナは心配していた。

「そうだな・・・でも隠行を使えば問題は無いはず。街に行く時は何時も使っているだろ」

本当はアキトも普通の服で外出したかった、しかしバイザーにしろ戦闘スーツにしろ

アキトの五感を補佐していた大事な物で、これが無いとまともに動く事も出来なかったからだ。

それに長い間着用していたので、妙に愛着が湧いてしまった。

「もう少しこのままでも・・・いいんじゃないか?サレナ」

まだ諦め切れないアキトは、サレナに食い下がるが

『ダメです!五感も治った事ですし、絶対新しい服を着て貰いますからね!』

サレナの強い口調に押されて、アキトは渋々長年の戦闘スーツを手放す事にする。

しかし、また何か機会があったら、隠れて着てみようと思ったのは、サレナには内緒。

それにしても、サレナは一つ大事な事を忘れている様だ。

「新しい服を調達するのはいいとして、ここが俺達の知っている世界で無い場合、お金はどうする気だ」

お金が無ければ新しい衣服を調達する事出来ない。他に店から盗む、他者から奪うと言う選択肢はあるが

それは避けて通りたい。

せっかく新しい生き方を選ぼうとして早々に、犯罪に手を染めるのはどうも気が引ける。

『・・・・・・・・・』

沈黙するサレナ。やはりそこまで考えていなかったらしい。

『・・・巷に巣食う悪人から現地調達と言う事で、徴収しましょう!』

「・・・・・・それって、犯罪なんじゃ・・・」

サレナも随分過激な案を提示した物だ。それにこれってカツ上げなんじゃ・・・

『いいんです!この際細かい事には目を瞑りましょう。悪人なんですから!これは更生指導費です!!』

更生指導費って何だよサレナ。俺もコロニーを襲撃した立派な極悪人なんだが、本当にいいのだろうか

・・・まぁ、何にしても服を調達しない事には、何時までも隠行のまま行動する訳にはいかないからな。



隠行とは気配と足音を消して移動する歩行術。日本では忍び歩きとも言う。

裏の世界に生きる者にとって、一番最初に覚える基礎技術。だが基礎と言う物は全ての技に繋がっている。

基礎を極めれば奥義にも匹敵すると言われている。この手の技の中に

陽炎と言う奥義が存在する。言葉通り、陽炎の様に一瞬で現れて標的の首を取る暗殺術の一種だ。

もっともアキトは陽炎を使える程、隠行を極めたわけではない。

この技は殺気と気配を同時に消してこそ。成し得る技なのだが、

アキトはまだ完全に殺気を消す事が出来ないでいた。だから奥義、陽炎を会得する事は出来なかった。

もっとも気配を消すだけなら、充分アキトは隠行を極めたと言ってもいい。それ程の精度を誇っていた。

気配の消えた人間は、例え目の前に居たとしても、視覚で認識される事は無い。

道端の小石が気にならないように、存在感の無い物を気に掛けようとする者はいないのだから。

しかし、隠行にも一つだけ弱点があった。それは機械の目だ

機械を通した監視カメラの映像や、熱感知や赤外線センサーの類は、さすがに誤魔化す事が出来ない。

これは人間と機械の決定的な違いであり、埋める事の出来ない溝でもあった。

そして隠行とは別に、アキトは復讐に必要な体術や武術、

木蓮式柔術を月臣から教わり、短い期間で免許皆伝まで辿り着いた。

もっとも、師匠である月臣や宿敵北辰の木蓮式柔術には及ばない。

自分の力量は一流だと自負するが、月臣や北辰の様な達人の域にはまだ達していない。

達人の域に達するには、長い修錬と豊富な実戦経験が必要なのだ。

実戦経験の方は、火星の後継者の研究施設やクリムゾンの研究所を襲って

幾多の死線を越えてきたこともあり、充分事足りてはいるが、

毎日繰り返される基礎訓練に寄って、養われる柔軟で強靭な肉体はそう簡単には手に入らない。

こればかりは長い時間鍛錬を積まない限り、どうしても手に入らないのだ。

これが達人と対峙した場合、勝敗を分ける事になる。

木蓮式柔術を手中にしたアキトはその後、ネルガルSSの使う暗殺術を会得する為

プロスペクターの部下に師事して、ネルガルで現在使用されている暗殺術の全てを会得した。

アキトの暗殺術の腕前は、プロスペクターに次ぐものとなっていった。

そしてアキトは実戦の中で、木蓮式柔術とネルガルSSの使う暗殺術を組み合わせた。

独自の流派「木蓮式柔殺術」を作り上げた。武術では無く暗殺拳としての木蓮式柔術。

人を殺す事を前提として、木蓮式柔術の技を殺し技へと改良したのが木蓮式柔殺術。

全ては火星の後継者に復讐する為、北辰と山崎、草壁を地獄へ叩き堕とす為。

良心も道徳も捨て去り、自分勝手な狂気と憎悪の果てに辿り着いた力の象徴。

復讐が終わり、新しい生き方を選ぼうとしている今、この力はもはや不用な物に過ぎない。

忌まわしき木蓮式柔殺術を、二度と使わないとアキトは心に誓うのであった。

『マスター?どうかしましたか?』

押し黙ってしまったアキトを心配してサレナは声を掛ける。

そしてお金の現地調達の案が、アキトは気に入らなかったのではないかと心配になり。

彼に嫌われてしまったのではないかと、サレナは急に不安になり始める。

お互いの思考がリンクシステムを通して繋がっていると言っても。それは極浅い表層意識でしか無い。

アキトの本心が何処にあるのか、サレナにはそれを知る術が無かった。

『マスター・・・私の事、嫌いになりましたか』

元気の無い声で、サレナはアキトに話し掛ける。

「はっ?どうしたサレナ、俺がお前の事を嫌いになるわけ無いだろ」

『そ、そうですか(ほっ)・・・ではマスター、何か悩み事でしょうか?』

「いや、何でも無い・・・少し考え事をしていただけだ。それより気付いているか、サレナ」

アキトは先程からこちらに近づいて来る、不穏な空気を感じ取っていた。

『はい、リンクシステムを通して、マスターと感覚が繋がっていますので』

リンクシステムを通しての、お互いの感覚と表層意識の共有。

機械には不可能だった。勘、つまり第六感をサレナは俺とリンクする事で、擬似的に手に入れた。

「こちらに近づいて来る気配が・・・二つ」

アキトは辺りの気配を探り、こちらに近づいてくる相手の位置を掴もうとする。

『どうしますか?戦いますか?逃げますか?』

今の段階で揉め事は避けるべき。地の利はこちらには無い。

この世界の全容も、場所も良く分かってはいないのだから。

「・・・向こうは戦う気満々だな、厄介な事に二つの内一つから、かなり強い敵意を感じる」

敵意は感じるが殺気とは微妙に違う。何か違う意味でアキトは危険を感じていた。

実戦経験で養われた長年の勘がそう言っていた。関わりに合うと後々碌な目に合わない相手。

「まったく、俺の人生は何でこんなに波乱万丈なんだ。平穏が欲しいと何度考えた事か・・・」

ランダムジャンプで、何処か分からない場所に飛ばされて。

ようやく五感が治ったと思ったら。早々にトラブル発生とは・・・ 運が良いのか悪いのか。

『マスターは、そう言う星の元に生まれたんです。人生を振り返るのは後にしてください。

それより今は逃げる事をお勧めします。マスターは今の身体に慣れてはいません。

この世界も未知数なので、一体何が起こるか想像も出来ません・・・』

サレナの言う通り、俺の身体能力は大幅に上がっている。だからこそ、自分の記憶と違う動きをしてしまう。

修錬によって得られた動きは、五感が喪失していた頃の物。五感が治り新しくなったこの身体では

それに対応する事が出来ない。いくら力を得ても100%使いこなせなければ、宝の持ち腐れでしか無い。

それに無用な争いは避けたかった。



「分かった。隠行を使って急いでこの場から離脱しよう」

アキトが隠行を使ってその場から離れようとした時。突如上空から少女の者らしき声が聞こえて来た。

リク・ラク、ラ・ラック、ライラック

セプテンデキム・スピリトゥス(氷の精霊)グラキアーレス(17頭)

コエウンテース(集い来りて)イニミクム・コンキダント(敵を切り裂け)

サギタ・マギカ(魔法の射手) セリエス(連弾)グラキアーリス(氷の17矢)!!

そして少女の者らしき声が止んだ途端、上空から何かの攻撃を受けた。

アキトはその攻撃を何とかやり過ごそうと、北西の方角に疾走する

「何だ?・・・今の攻撃は・・・」

走りながら空を見上げると、金髪の少女とアンドロイドらしき人物が、空を飛んで自分を追いかけて来る。

アキトはナノマシンにより視力が強化されているので、空を飛んでいる相手の姿を鮮明に捕らえる事が出来た。

一人は黒いマントを羽織った金髪の10歳前後の少女と、もう一人は、

中学生高学年らしき容姿を持つ、緑色の髪の少女。

但し、少女にはアンテナらしき耳飾と、背中のバーニアで空を飛行していた。

これはどう見ても、・・・ロボット、俗に言うアンドロイドなのでは無いか?

そんな事を考えながら、アキトは物凄い速さで走っていた。ナノマシンによって

身体能力が三倍に強化されたのは、伊達では無いらしい。100mの距離を4秒で走り抜けていく。

しかし、少女達もそれに負けないぐらいの速さで、飛行して追って来た。

『・・・!?、マスター、後ろを見てください!!』

後ろを振り向くと、そこにはサッカーボール大の氷塊が17個、逃げる自分を追い掛けて来た。

「なっ!・・・何だよあれは!」

『わっわかりません。一体なんなんでしょう・・・』

氷塊が木々の隙間を器用に潜り抜けて、自分達を正確に追い掛けて来る。

常識ではありえない光景に、サレナはかなり慌てているのが分かる。

俺は多くの修羅場を潜り抜けて来ているから、平常心を無くす様な事は無いが。

それでも、信じられない光景に動揺を隠せないでいた。

「じょ、冗談じゃない。一体どんなトリックを使っているんだ!?」

赤外線ホーミングミサイル程度なら、とっくの昔に木々にぶつかっている筈。

アキトは何度も方向転換を繰り返してながら、氷塊を木にぶつけて追跡を撒こうとするが、上手くいかない

氷塊は常識ではありえない、急旋回や軌道を行ないながら、アキトを狙って来る。

「・・・くそっ!これでどうだ!」

アキトはマントの裏側に入っている炸裂爆弾を取り出して、氷塊目掛けて放り投げた。

ドゴォー−−ン。

辺りに激しい爆発音が響き、木々が一瞬で炎に包まれる。

氷塊は炸裂爆弾の断片や爆風によって軌道がズレて、次々木に激突する。

しかし、全ての氷塊を取り除く事は出来なかった。

炎上する木々の中を抜けて、3つ氷塊がまだ自分を追跡して来た。

「いい加減、しつこい!!」

腰に取り付けている、愛用の黒いリボルバーの銃を抜いて、氷塊目掛けて銃弾を発射。

パリン、パリン、パリン、

三つの氷塊はアキトの放った銃弾により砕け散った。

氷塊の追跡は無くなったが、直ぐ後ろに迫っている少女達の追跡は終わってはいない。

また同じ攻撃をされる前に、アキトは少女を銃撃した。

「・・・この距離なら、狙いが外れる事は無いはず。」

パン、パン、パン、空を飛んで追跡してくる金髪の少女の肩、腕、足に向けて

愛用の銃で3連射する。銃弾の軌道は少女を僅かに掠る程度のはず。

これはあくまで威嚇射撃であり、彼女を殺すつもりはまったく無い。

これで自分の追跡を諦めてくれたらいいが、もし諦めてくれない場合は、

少女に多少の怪我を負わせる事になる。それは何としても避けて通りたい。

何故ならこの問題を理由に、後々面倒な事に巻き込まれる様な気がしていたからだ。

それに自分はもう誰も殺したくは無い、傷つけたくは無い。

復讐鬼のあの頃に戻りたくは無い。やり直すとサレナと決めたのだから。

・・・復讐に明け暮れていた頃の自分なら、例え少女だろうが赤ん坊だろうが、

躊躇無く急所である。頭、喉、心臓に銃弾を放っていただろ。

それ程自分は復讐に心が囚われてた。周りを見るような余裕は何も無かった。

自分の事しか考えてはいなかった。だから全てを失いかけた。・・・もう二度と過ちは繰り返さない。

『・・・マスターはやり直せます』

サレナの存在が、サレナのあの言葉が俺を支えてくれる。

少女に向けて放った銃弾は、狙い通り少女の肌を僅かに掠り、

少女の肌に小さな傷跡を残すはずだった。・・・そう、本来ならば。

「っ!?馬鹿な、効いていないのか、あの障壁は一体何だ・・・」

銃弾が少女の身体を捉える瞬間。目に見えない障壁によって銃弾が全て弾かれてしまった。

自分が放った銃弾は、バッタの鋼鉄の装甲すら貫く特殊貫通弾。

その銃弾が少女にはまったく効かないなど、到底信じられる事ではない。

・・・いや、既に少女が空を飛んで追いかけて来る時点で、色々信じられない事ばかりなのだが、

それでもトリックの類なのではないのかと、心の何処がそう思っていた。

しかし、実際こうして銃弾が防がれるのを目の辺りにして。その考えも変わった。

「・・・これは不味い・・・」

冷や汗が流れる。この少女には勝てないと、自分の本能がそう告げていた。

『マスター・・・一刻も早くこの場から逃げましょう。マスターには勝ち目はありません』

勝算は恐らく0に等しい。このまま長期戦になり、空から攻撃を受け続ければ

こちらが真っ先に倒れる事になる。それに先程の追尾攻撃を防ぐ手段はもう無い。

炸裂爆弾の予備はもう無いのだ。だからもう一度同じ攻撃が来たらその時点でアウト

氷塊を打ち抜く事が出来る、特殊貫通弾の弾は6発全て使い切ってしまった。

通常弾ではあの氷塊を打ち抜くことも、軌道を変える事も出来ない。まさに万事休す!

「わかっている。・・・彼女と戦う理由は無いが、このまま黙ってやられるつもりも無い!」

現在自分が所持している武器だけでは、彼女に小さな傷を与える事すら出来ない。

ならば今出来る事は、一刻も早く彼女から逃げ出す事だけだ。

「・・・・・・・・・・ふぅ」

アキトは軽めの深呼吸を行い。気持ちを落ち着けてから隠行を使った。

隠行により気配を完全に遮断した事を、注意深く確認しながら北東の方角へと駆け足で進む。



その頃、アキトを追って飛行していたエヴァンジェリンと茶々丸は

アキトの突然の気配の消失に驚き、戸惑っていた。

「・・・なに?、私にも読めない程気配をしたのか!?」

逃走する標的に気や魔力の気配はまったく無い、あれば自分が見逃すはずが無い。

どんなに気配を消す事が上手くてもだ。

「力は無いが、隠れる事は得意なのか?・・・ふふふ。馬鹿な奴め。

これぐらいで私を撒けるとでも思っているのか」

その場で気持ち良く高笑いをするエヴァンジェリン。それを静観する茶々丸。

「しかし、注意も必要だな。もしかしたら相手は礼装した銃を持っているかもしれないし」

吸血鬼の始祖と言っても、完全に不死身と言う訳ではない。

死ぬ訳ではないが、吸血鬼としての弱点も残っている。

特に今は魔力を極限まで封印されているので、神の洗礼を浴びた礼装した銃でも

充分に致命傷を与える事が出来る。もっとも満月の日である今日は、少しだけ力を取り戻しているので

死ぬ心配は無いが、油断するつもりも無い。油断していたら思わぬ落とし穴に嵌る。

15年前のサウザンドマスター、ナギ・スプリングフィールドとの戦いがそれだ。

1000の魔法を使う男と称される者が、

まさかあんな原始的な落とし穴を、用意していたとは夢にも思わなかった。

お陰で奴に登校地獄なる変な呪いを掛けられて、15年も学校に通い続ける事になったのだ。

あの屈辱は一生忘れる事が無いだろ・・・何にしても油断は禁物。どんなに弱い奴でもだ。

自分が追っている男は、魔力も気の力も感じない。カッコは全身真っ黒でかなり変だが、

足や身のこなしが以上に速い。人間にしては早過ぎると言ってもいい。

これで赤くて角があれば、三倍の速さで動ける人種が居るらしい。詳しく知らないが噂で聞いた。

噂の真偽は別として、実際、牽制に放った魔法の射手は、

相手の投げた爆弾によって塞がれ、残りも銃撃で落とされた。

裏に関わっている人間かどうかは知らないが、気や魔力が使えなくても、

身のこなしや銃の腕前から言って、相当訓練されている事は間違いないだろ。

相手は反撃とばかりに自分を銃撃して来たが、恐らく脅しの為だったんだろ。

狙いは全て外れていたが、そのまま銃弾を受ければ掠り傷程度は傷付くので、魔法障壁を展開して銃弾を防いだ。

「ふん、甘い奴だ」

この局面に置いて今更脅しが、私に効くと思っていたのか?随分舐められた物だな。

しかし、銃弾で私の魔法障壁に負荷を与えた事は評価するべき事だろ。

銃弾には魔力や気で強化された気配は無い。何か別な力を使っているのか?

それとも純粋に科学だけの力なのか・・・

「何にしても、逃がすつもりは無い。必ず捕まえて力の正体を確かめてやる。茶々丸!奴は何処だ!」

自身のパートナーである茶々丸に尋ねると。

「マスター、熱感知に反応がありました。北東の方角800m前方です。」

ふっ、やはり茶々丸は頼りになる。科学には魔法に無い力がある。その力を存分に使わせて貰うぞ。

「茶々丸、頼む」

「わかりました、マスター」

茶々丸はエヴァンジェリンを後ろから抱きかかえる形で掴んで、バーニアの出力を最大限して加速

あっと言う間に逃走するアキト達に追い付いた。そしてエヴァンジェリンは茶々丸から

アキトの居場所を聞き、魔法の詠唱に掛かる。

リク・ラク、ラ・ラック、ライラック

フリーゲランス(氷結)エクサルマティオー(武装解除)

身に付けている物を全てを凍らせて砕き。相手を丸裸にする魔法の一撃が、アキトに向けられた放たれた。



「馬鹿な、追い付かれた?彼女達には隠行が効かないのか!?」

切り札である隠行が効かない、その証拠に少女達は正確にこちらに追跡してくる。

まさか隠行が破られるとは、一体どんな手を使った。気配は完全に消しているはずだが、

アキトが必死に打開策を講じようとしている時に、再び金髪の少女から謎の攻撃を受けた

『マスター、また何か来ます!!』

「・・っく!。またか!?」

次の瞬間、背筋がゾクっとした。これはかなり危険な一撃が来る!!

これを喰らってはいけない。そう本能が告げていた。

「くそ・・・!」

アキトはお気に入りの黒い対弾対刃マントを外して、攻撃が来る方向に放り投げた。

パッキン!

次の瞬間。少女の攻撃を防いだマントは、一瞬で凍り付いて粉々に砕け散った。

「・・・直撃していたら、即死だった・・・」

一瞬、自分の体が凍り付いて、粉々になる想像を浮かべてしまった

相手は本気だ・・・本気で自分を殺そうとしている。

恐怖の為、アキトの顔から徐々に血の気が失せる。・・・本気で命が危ない。

『・・・危険極まりない攻撃です。特殊繊維で出来たマントを、一撃で粉々にするなんて!!!』

アキトは魔法を知らないので、人体に傷を与える事が無い武装解除と言う魔法を知らない。

知らないからこそ、相手に対して過剰なまでの恐怖を感じてしまった。

「くっ・・・まだ追跡されている。本当に隠行が効かないらしい。一体どうするば・・・」

森を疾走するアキトを追って、空を飛んで追跡してくる二人の少女

この二人から逃げ切れなかったら、自分の命の保障は無い。それは先程の攻撃を見れば分かる。

俺はまだ死ぬ訳には行かない。サレナと共に新しい人生を歩むと決めたんだ。

だから、こんな所で終わるわけにはいかない!

「・・・サレナ、どうして隠行が効かないか、原因が分かるか?」

『恐らく熱感知だと思います、隠行では体温まで隠す事が出来ませんので・・・』

サレナは追跡してくる、アンドロイドらしき少女の能力を推測して答える。

「・・・何か手立ては無いか、サレナ」

このままでは不味い。機械の目はさすがに誤魔化す事が出来ない。隠行唯一の弱点を突かれるとは

『機械の事なら私にお任せください!恐らく上手く行くと思いますので。』

サレナの頼もしい声が聞こえてきた。サレナには何か策が有るらしい。

「サレナ、信じているぞ」

『(ぽっ)、あっはい、マスターの期待に沿うように頑張ります』

ここはサレナを信じるしか他に道は無い。しかし、サレナの声が裏返ったのは一体?

『(はぁ〜。・・・やっぱり私の気持ちには気付いてくれませんでしたか。)

相変わらずアキトは鈍感だった。サレナは気を取り直して秘策の準備に掛かる

『・・・ナノマシン体温調整開始、・・・周囲の気温と同化開始。・・・誤差0.001%。』

サレナがアキトのナノマシンを操り、アキトの体温を下げる。

そしてアキトの体温が周囲の気温と同じ温度になった。これによって相手の熱感知は無力化される。

しかしまだ安心は出来ない、アンドロイドの少女に超音波探知や集音探知機能があれば

この鬼ごっこはもう少し続く事になるからだ・・・少女にその機能が無い事をサレナは願った。



その頃、茶々丸の熱感知レーダーで隠行を破り、アキトを追跡していたエヴァンジェリンと茶々丸は

「マスター、目標の熱反応が消失しました。・・・・・・目標を見失いました。」

熱感知レーダーで追跡していた相手の反応が、突然消失したとの報告を茶々丸から受ける

茶々丸にセンサーの異常が無いか聞くと、センサーに異常は無く、

正常に機能しているとの答えが戻って来た。

「・・・逃げられたか?魔力は感じられなかったが・・・」

何処かに転移したのなら、魔法発動によって周囲に微弱な魔力の反応があるのだが、それは無かった。

では転移したわけでは無いのなら。どうやって茶々丸のレーダーから逃れた?

これも相手の力なのか、それとも別な誰かの力が作用したのか。

今は情報が少な過ぎる。現状では何も分からない、相手の正体も目的も技術も

「マスター、残念ですが、相手の機動力を考えますと、追跡はほぼ不可能になりました」

茶々丸が状況を詳しく分析して、エヴァンジェリンへ報告する。

報告内容は、これ以上の標的の追跡は無駄だと言う事。完全に逃げられてしまった。

「・・・・くっ!!」

逃げられた悔しさから、エヴァンジェリンは怒りに打ち震える

「マスター」

そんな悔しい思いをしているエヴァンジェリンを茶々丸はただ見守るしかなかった。

「・・・・ふう〜」

ようやくエヴァンジェリンの怒りも収まり。冷静さを取り戻す。

「ちっ・・・引き上げだ茶々丸。じじいに報告を入れないといけないからな」

じじいと言うのは、エヴァンジェリンに命令を与えた。麻帆良学園の学園長、近衛・近右衛門

裏の顔は関東魔法協会の理事にして、学園最強の魔法先生。

「それと茶々丸。私が氷結・武装解除で破壊した奴の衣服の一部。奴の使った弾薬や爆弾の残骸を回収しておけ」

流石に手ぶらで帰るわけにはいかない。エヴァンジェリンのプライドが許さなかった。

「了解しました。マスターは一足先に帰っていてください。衣服の回収は私がやっておきます」

「ふん。私も奴の引き起こした火事を消してから、帰る事にする」

月の光りだけが辺りを優しく包み込む。・・・アキトが引き起こした森林火災はその後

エヴァンジェリンが氷の魔法で鎮火して、茶々丸を森に置いて一足先に学園へと帰って行った。

麻帆良学園本校・学園長室

「戻ったぞ。じじい」

横柄に学園長室の扉を開けるエヴァンジェリン

「ほぉほぉほぉ。それで成果の方はどうじゃった?」

一瞬、妖怪と見間違えるほどの容姿を持つ老人。麻帆良学園の学園長、近衛・近右衛門がイスに座っていた。

エヴァンジェリンは学園長である。近衛・近右衛門に不審者の報告に来た。

彼女はこの学園の警備員の仕事も兼任していたので、報告の義務があったのだ。

「残念ながら。相手には逃げられた」

エヴァンジェリンは悔しさを浮かべた顔で答える

「ほぉほぉほぉ。お主を撒いたか、それは凄いの〜」

近衛・近右衛門は笑っているが、その瞳は笑ってはいない。

魔力を封じられているとは言え、満月で少し力を取り戻している

エヴァンジェリン程の相手から逃れるとなると、相手は相当な使い手だという事だ。

「言っておくが、奴には魔力も気の力も感じなかった。不思議な技を使って気配を消していたが

それ程脅威になるとは到底思えない。奴の使った銃弾や衣服の残骸を茶々丸に回収させているから

後は超か葉加瀬にでも調べさせろ。・・・私は疲れたから帰るぞ。」

本当はそんな弱い奴にまんまと出し抜かれた事が、彼女のプライドを酷く傷つけていた。

次で何処かで出会ったら、次こそ逃がさない。必ず生きたまま捕まえて、相応な報いを受けさせてやると

心の中で思っているエヴァンジェリンだった。

「そいつはどんな奴だった?」

近衛・近右衛門はエヴァンジェリンを撒いた相手の特徴を訊ねると

「・・・男だ。顔をはっきり見たわけではないが、年齢は恐らく20代前半。

全身真っ黒な服と黒いマントを着用していた。・・・寝癖の様なボサボサした黒い髪の男だった」

エヴァンジェリンはそう言うと、学園長室から出て行った。

後に残されたのは、何かを考えるように顔に深い皺を寄せる、近衛・近右衛門だけだった。

「ふう〜。何事も無ければいいのじゃが。今年の学園祭は世界樹の発光の年か・・・」

一抹の不安を感じながら。近衛・近右衛門は学園長としての仕事をこなしていった。



改正版後書き

メモリー不足の為、一つにまとめて書く事が出来ず。前編と後編二つに分けました。42KB以上は無理

それとやはり3Aとアキトとの絡みが欲しいので、6話以降の展開は原作に沿った形に修正します。

どの様な形でアキトが超編に絡んでいくか、それは後のお楽しみ。