アキトから見れば200年前の地球、埼玉県麻帆良市

アキトとサレナは無事、エヴァンジェリンからの追跡を逃れ、

森に抜けた先に在った街、学園都市と呼ばれる麻帆良市に降り立った。

現在の年月は2003年5月の終わり頃・・・あと三週間程度で

麻帆良市に点在する各学園による、一斉合同の学園祭「麻帆良祭」が行なわれるらしい。

「お祭りか・・・」

もう長い事お祭りには行っていない。自分が火星の後継者に誘拐される前、

地球でまだ、ユリカやルリちゃんと一緒に暮らしていた頃、

彼女達と一緒に行った、夏祭り以来か・・・あれはとても楽しかった。

ラピスにも夏祭りに連れて行きたかった。彼女にお祭りを楽しんでもらいたかった。

アキトはもう会う事の出来ない妻と娘達を振り返る。

ここは過去であり、二度と彼女達と再会する事は出来ないのだから。

『お祭りですか?いいですね。ぜひ行きましょう、マスター』

サレナは楽しそうにはしゃいでいる。そうだな、今の俺にはサレナが居てくれる。

彼女が俺の側に居てくれるだけで、俺は充分幸せだ。これ以上何かを望むのは少し欲張りだな。

今の自分が抱えている。モヤモヤした気持ちを晴らすには。

お祭りはいい気分転換になりそうだ。サレナと共に楽しい思い出が作れたらいいな・・・

『お祭りを楽しむ為にも!服を買い換えましょうね、マスター♪』

「うっ・・そうだった。」

あまり気は進まないが、お金が無い事には食事も取れない、宿も取れない。

昨日襲って来た少女達から身を守る為、何処かに潜伏して隠れる事も出来ない。

とにかく今必要の物はお金だった。だからサレナの計画した、資金調達の案を受け入れる事にした。

チンピラ共からお金を巻き上げると言う、例の計画を実行する時が来たのだ・・・・・・

「この辺りには居ないな・・・」

『居ませんね・・・早く悪人共、出て来なさい!』

アキトはチンピラ達が屯して、悪さをして居そうな路地裏や雑居ビルの隙間など、

街中でありながら、特に人目が無い場所をサレナの指示に従い、重点的に捜して回るが

チンピラは勿論の事、悪人にも一向に会う事が無かった。麻帆良市の治安は以外にも良いらしい

「・・・・・・本当に居るのかな」

『・・・・・・多分居ますよ、次こそは』

この状況に二人共、焦りを抱き始めていた。チンピラと悪人を探して既に1時間が経過していたからだ。

1時間とは言え、既に街中の目ぼしい場所は調べ尽くそうとしていた。

このままでは計画の練り直しかと思った時、天は彼等を見捨てなかった。

「ん?・・・今、何か聞こえなかったか?」

アキトは何処かで、微かな声が聞こえた様な気がした。

『・・・聞こえました。言って見ましょう!』

気のせいではなく、サレナにも聞こえたらしい。これはもしかして・・・

アキトは声の聞こえた雑居ビルの端まで行くと。そこには。

「おらおらおら!!さっさと金出せや!!」

この粗暴な言動に品性の無い言葉!間違いない!!これこそ捜し求めた相手・・・

「キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!! 」

『キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!! 』

アキトとサレナは二人同時につい叫んでしまった。しかし、直ぐに自分達の失態に気が付く。

ここで大声を上げて、相手に逃げられてしまっては元も子もない。絶対に彼等を逃げしてはダメだ

これは世直し為なんだと自分に言い聞かせながら、アキトは彼等に気付かれない様にそっと近づいて行く。

チンピラとは言え、彼等からお金を奪い取る事に躊躇していた、先程までの心優しいアキトはここには居ない。

今此処に居るのは、金に目がくら・・・正義の為に力を振るわんとする一人の人間。

『その意気ですよマスター!GOGO!悪即斬〜♪」

それに追従する様にサレナがアキトを煽っていた。

「サレナの言う通りだ!悪事を見過ごすわけには行かない!」

アキトはサレナによって洗脳・・いやいや。説得されてしまった。

「・・・・・・(ニヤリ)」

チンピラ達を見るアキトの顔は、まるで獲物でも見つけたかの様な。

復讐時代を彷彿とさせる、凄惨な笑みを自然と浮かべていた。

『(少し、やり過ぎましたね)マスター、怖い笑みが漏れていますよ』

「・・はっ・・済まない。つい癖で・・・」

いくら生き方を変えようとしても。長年染み付いた癖までは中々治らない物だ。

早速獲物を狩る為に・・・いやいや、チンピラ達を更生させる為に、

彼等に気付かれない様に気配を消しながら、会話が聞こえる所まで近づいて行く。

そして一番奥まで言った所で、彼等の話し声が聞こえて来た。



「たッ・・・助けてくれ。」

50代前半の冴えないサラリーマンのオジサンが、

三人組のチンピラに囲まれ、壁際まで追い詰められていた。

「オッサン。いいから金を出せよ」

「そうそう怪我したくないだろ。俺達にお金を恵んでくれたら嬉しいな」

「おい!さっさと金を出せ!」

茶髪に金髪、パンチパーマ、それに南国ビーチをイメージした様なカラフルな色合いの薄着に

金のブレスレットを腕に身に付けた。30代前半の典型的なチンピラ三人組。まさに「ザ・チンピラ」

そんなチンピラ三人組が、見るからに気弱そうなオジサンを脅迫しているのだ!!

これは人としてとても見逃す事が出来ない!

しかし本音で言えば、アキトはチンピラを狩りたくウズウズしていた。

『マスター、今は我慢の時です。』

そんなちょっと危険な兆候にあるアキトに、サレナは釘を刺す。

「・・ああ・・分かっているさ」

サレナに言葉により正気を取り戻すアキト。その間にもチンピラはオジサンを脅迫していた。

「俺達を怒らせない前に、さっさとサイフを渡したほうがいいんじゃないか?」

茶髪のチンピラが、指をポキポキと鳴らし始める。

「ちっ、面倒だ、いっそヤっちまうか!」

金髪のチンピラが。物騒な事を言いながら懐からサバイバルナイフを取り出す。

「おい、オッサン。出すもん出さないと、取り返しのつかない事になるぜ」

パンチパーマのチンピラが、サラリーマンのスーツの襟首を持ち上げて、オジサンの首を軽く締め上げる

「っく・・・く、るしぃ・・・ゃ・め・てくれ」

サラリーマンのオジサンは、パンチパーマに首を閉められて、息苦しそうに助けを求める。

「けっ!」

パンチパーマのチンピラは、オッサンのスーツの襟首を離して、壁にオッサンを叩き付ける。

ガタン!

「うぐっ・・・・」

壁に叩き付けられたオッサンは、痛みからその場に蹲る。

「へっ、オッサンよ。俺達は寛大だから。金を出せば見逃してやるよ」

茶髪のチンピラは、蹲っているオッサンの頭を掴み、そのまま地面へと押し付ける。

「・・・・っくぅ゛」

チンピラの行いの一部始終を見ていたアキトは・・・彼等の行いに、激しい怒りを感じていた。

「・・・サレナ、そろそろ俺の出番か?・・・いい加減我慢出来なくなって来たぞ。」

チンピラ達の傍若無人な振る舞いを目の当たりにしたアキトは、

何故か久しぶりの熱血モードに入っていた。そして

『そうですね。もう充分です。彼等をシメましょう・・・』

サレナも彼等の行いに、かなり頭に来ていた様だ・・・口調が冷たい。

「ここまで待ったかいがあった。」

アキトは先程から登場する機会を探っていた。

直ぐに出て行って、チンピラ共を暴力で強制更生させようと思ったが、サレナは

『チンピラ共を叩き伏せても、彼等がお金を持ってなかったら無駄足になります。

ここは、助けた人からの謝礼も考慮に入れて行動しましょう』

との事だ。サラリーマンのオジサンには済まないと思うが、ギリギリまで恐怖を味わってもらう事にした。

その方が後で助けた時、謝礼の金額が跳ね上がるからだ。彼を救えば俺は命の恩人・・・

それ相応の謝礼を期待する事が出来る・・・



『マスター、チンピラと言えども、死者が出ると警察が動きますので、半殺し程度でお願いします』

・・・サレナ、最近思考が過激になってないか?

「心配は無いよサレナ、とりあえず全治1ヶ月程度の怪我で済ませるから。」

爽やかな笑顔で、さらりと怖い事を言うアキト。

そう言ってアキトは、チンピラ達の下へと出て行った。

突然の乱入者に驚くチンピラ三人組、そして次にアキトの服装に驚いたのだが、

気を取り直して、チンピラ達はアキトを睨みつける。

「あん?何だテメエは」

「あっちに言ってろコスプレ兄ちゃん」

「俺達は仕事中なんだよ、さっさと失せな」

チンピラ三人組はアキトの事など無視して、

地面にうつ伏せに倒れているオジサンの懐から、サイフを物色しようとする。

「・・・・・君達が立派な社会人に戻れる様に、俺が道徳の教育をして上げよう」

「はぁん?何に言ってんだ?兄ちゃん頭大丈夫か?」

茶髪のチンピラは不用意にアキトに近づいてしまった。

「・・・愛の鞭を受けろ!」

そして、アキトはまず金髪の腹に一発拳を叩き込んだ。

「ぐふぅ!」

茶髪はあまりの痛みから意識を失って崩れ落ちる。

「てってめ!!・・」

金髪はアキトに殴りかかろうとするが、逆に顔面に拳を喰らい、口から泡を吹いて仰向けに倒れる。

「ぅひぃ!」

パンチパーマがその場から逃げ出そうとするが、

それより早くアキトが動いて、パンチパーマの尻を後ろから蹴り上げる。

「ヴぎぁぁぁぁぁ!!!」

パンチパーマはアキトに蹴られた勢いのまま、

前方にあった、蓋の開いた業務用の青いゴミ箱の中に、頭から突っ込んでそのまま気絶する。

「・・・これで彼等も改心してくれたらいいのだが。」

うつ伏せのまま動かない茶髪、口から泡を吹きながら仰向けのまま、ピクピク痙攣している金髪。

青いゴミ箱の中に上半身突っ込んだままのパンチパーマ。

アキトはただ、自分が引き起こした惨状を見つめていた。

『これだけ痛い目に遇えば、当分悪さは出来ませんよ。お疲れ様ですマスター』

また一つ。世界から悪の芽が絶たれた。・・・世界が平和であります様に

しかし、その光景を蹲りながら見ていたオジサンはと言うと。

あまりの恐怖から失禁して震えていた・・・。チンピラより何より、アキトが怖かったからだ。

しかし、そんなオジサンの変化には気が付かず、

アキトは何か大きな事をやり遂げた、達成感に満たされていた。

「・・・サレナ。これって結構快感になりそうだ。」

俺は正義の味方じゃないけど、と言うよりコロニーを襲撃した極悪人だけど、

結構いいストレス解消を見つけてしまった・・・それも世の為、人の為になんて素晴らしい!

自分勝手な理屈を並べて、アキトは危ない方向へと進もうとしていた。

『・・・そうですね。でも顔が割れるのは拙いので、今度からはマスク着用でやりましょう!!』

アキトだけでなく、サレナも何か違った事に目覚めてしまった様だ・・・

『マスター、目的も果した事ですし、撤収に掛かりましょう』

「そうだな、戦利品を頂いてさっさと離れるか!」

見事チンピラ三人組を成敗、いやいや、更生指導費として正当な報酬を貰う為、

アキトは気絶しているチンピラ三人組の懐から財布を抜き取り。中身を調べ始めて・・・絶句した。

「( ゚д゚)・・・・・」

『( ゚д゚)・・・・・』

三人合わせて3000円。一人千円しか持っていなかった・・・なんだこのショボさは。ありえない!

そう思いもう一度チンピラ達を調べるが、やはり他の財布は持ってはいなかった。

常識的に考えて、大の大人が三人共千円しか持ってないって。なんのドッキリですか?

何処かに隠しカメラでもあるんですか?!

『マスター・・気をしっかり持ってください!!』

「・・・くっ!」

アキトは何故か、とてつもない敗北感に襲われていた。まるで試合に勝って勝負に負けたかの様に。

「おのれ・・・チンピラ共!今時、小学生でももっとお金は持っているのに、恥を知れ!」

そんなアキトの不機嫌さが、サラリーマンのオジサンにも伝わったのか。

「ひぃぃぃぃぃ、命ばかりはお助けをーーーー」

オジサンは急いで自分の財布を取り出し、財布をアキトに向けて放り投げて、その場から逃げ出していった。

オジサンの行動に、一瞬か何が起こったのかアキトは理解出来なかった。

自分は彼の命の恩人だ。それなのに彼は礼も言わずに逃げ出してしまった。

「・・・・・・・・・・」

当初の目的通りチンピラからお金を没収した。次はオジサンから謝礼を貰う番だったのに・・・

「・・・サレナ。これって貰ってもいいのか?」

地面に落ちているオジサンの財布をアキトは眺める。

『いいんじゃないですか?これはきっと謝礼ですよ。』

「そっそうには見えなかったが」

どう考えてもあのオジサンは、自分を恐れて逃げ出してしまった様に感じる。

『何にしてもこれでお金は手に入りました。マスター、まずは服を買いに行きましょう!!』

納得のいかない気持ちを抱えたまま、アキトはその場を後にした。

そしてサレナの言われるままに、少し離れた洋服店に向かう。

この時代のお金を持っていなかったとは言え、オジサンには済まない事をした。(働けよ!)

チンピラはどう考えても、自業自得なので別に構わないが。オジサンは被害者だ。

自分のした事にほんのちょっぴり罪悪感に苛まれるアキト。もっと早くにオジサンを助けてやるべきだった。

『別にいいじゃないですかマスター、あれは犯罪ではなく不可抗力です。』

「いや、それは・・まぁサレナがそう言うのなら」

サレナに強引に説得されてしまったアキトは、早速チンピラから没収したお金と、

オジサンの財布から拾った?お金を使って新しい服を購入する事になった。

バイザーとマントが無くなったとは言え、この真っ黒な戦闘服は目立つ。

隠行を使い人目を避けられるとは言え、五感が治り、

五感を補助する戦闘服も今では必要無くなった。それなら普通の服に着替える事にした。

本当はまだちょっぴり未練が残っているが、贅沢は言っていられない。

現在自分はあの襲撃者達に狙われている。少しでも目立った服装は慎まなければならない。



ガチャガチャガチャ

「よし、開いた」

洋服店の裏口の鍵をピッキングで開けて無断で入り込むアキト

何故彼はこんな事しているのか。それは店内の監視カメラの映像を切る為に

事務所に設置されていると推測される。監視カメラの制御機械の電源を落とす為だ。

監視カメラに映像が残っていると、後々面倒な事になりかねない。

不審者として警察に届けられる可能性もあるし、

襲撃して来た少女達に、自分の足取りを探られる可能性もある。

だから証拠を最初から残さないように、カメラの映像を切る事にした。

「誰も居ないな・・・」

ドアを少し開けて中の様子を探るが、事務所の中には人の姿は無かった。

室内の監視カメラも取り付けられてはいない。これはチャンスだ!と思い

そのまま事務所の中に入って、店内の監視カメラの制御機械を操作して録画を停止させた。

「これでようやく買物が出来る」

アキトは安心してほっと一息入れるが

『さぁマスター、早速服の買い替えに行きましょう!』

サレナはアキトの着る、新しい服を選びたくてウズウズしている様だ。

「はぁ〜、分かったよサレナ。」

そのまま来た道を戻り、裏口から外に一旦出て後。改めて洋服店の表から入店した。

「なるべく目立たない。ありふれた服にしてくれよサレナ」

『分かっていますよ。マスターに似合う服をチョイスしてあります』

そう言ってサレナが示した服は、黒い上下のスーツだった。上と下では若干に配色の度合いが違う

SPが着る様な真っ黒なスーツでは無い。ビジネスマンが着る様な配色の明るい黒いスーツ。

なるほど、これなら黒でもあまり目立たない。サレナはいいチョイスをした。

「お、お会計は3万7800円になります・・」

服を選び終わり会計を済ませ様とした時、店員はアキトの服装を見て困惑していた。

やはり、あのカッコは普通の人から見ても、戸惑いを覚えてしまうのだろう。結構好きなのに・・・

『自覚が無いのかと思いました。マスターはこう言う事に無頓着なので』

サレナの突っ込みを聞き流しながら。アキトは新しい服に着替えて洋服店を出た。

今は隠行は使ってはいない。市民として民衆の中に溶け込んでいる。誰も自分を疑う者は居ない。

そのままアキトはある場所へと向かった。

「さて、色々調べるとするか・・・」

アキトは洋服店の近くになった。駅前のインターネット喫茶に来ていた。

なぜインターネット喫茶なのか。それはこの世界の情報を手っ取り早く集めるには、

大量な情報を一度に取得する事が出来る。インターネットが一番だと考えたからだ。

それに電脳情報なら、ISFを通じてハッキングを使うことが出来る。

サレナと融合したアキトは、マシンチャイルドに匹敵する電子処理能力を得ていた。

表の情報だけで無く裏の情報まで隅々と調べなければ、あの襲撃して来た少女達が使った技術は分からない。

アキト事前に一通り街を探索していた。そして200年前の日本と言うだけで、

特に文化や生活習慣に異常や不審点を発見出来なかった。

しかし未来の世界でさえ作れなかった、高性能アンドロイド存在や、

まるで魔法見たいな攻撃を受けた事は現実であり。夢や幻覚の類ではない。

この世界には何か、尋常では無い秘密が在るのは間違いない。

「上手く言ってくれればいいが。規格が合わないとかは無いよな」

アキトは携帯型のISF補助機を取り出すして、パソコンのUSBプラグに繋げる。

地球では身体にナノマシンを入れることを禁忌している人が多い

パイロットやオペレーター以外はISFを使用しないので、地球では

火星の様にISF対応のインフラ整備が出来てはいない。

それ故に必然とそれを補助する商品が生まれる。それがこの携帯型ISF補助機だ。

勿論、製造元はネルガルの関連会社だが、アキトが今、使っているのはイネスの作った試作品

時期、ネルガルの新製品として売り出す予定の最新型のISF補助機だ。

電子手帳の様な形状をしているが、プラグの規格に合わせてコードを選べるようになっている

非常に使い勝手のいい物となっていた。

ブゥゥゥゥゥンンンンンン

この音はISF補助機に備わっているハードディスクから、ISF使用環境を調整するプログラムを

パソコンへとダウンロードしている音。それほど目立つ大きさではない。

やがて音が鳴りやまり、パソコンへのダウンロードが終了してISF使用環境が整った。

「さて、始めるとするか・・・」

『私にドーンと任せてくださいね。マスター!』

サレナは自信満々に言う。この分野に掛けては今の所、サレナがもっとも頼りになる。

なんせ元高性能AIなのだ。ダッシュの様にハッキングに特化していないとは言え。

この世界の電脳技術を軽く凌駕するだけの力は彼女にはあった。

アキトはISF補助機を使い、インターネットを新たに繋ぎ直して、

この世界の情報をサレナと共に集め始める。・・・やがてアキト達はあることに気が付いた。



「世界最大級の図書館。図書館島なんて聞いた事が無い。ここは並行世界の過去と見て間違い無いか?」

ギネスに載っている様な大きな図書館なら、過去に大きな戦争で仮に焼けたとしても、

なんらかの形で情報が未来に残っているはずだ。

それが全く未来に情報が残って無いと言うことは、最初から存在しなかった。

『並行世界で間違いないと思います。他にも我々の知らない都市や構造物を確認出来ます』

サレナもアキトの推測に同意する。

並行世界、それも200年前の過去に来てしまったか。CCはもう無いから元の世界に戻る事は不可能

仮にCCが在ったとしても、元居た世界に戻れる保障は無い。

この世界の200年後に行ってしまうかもしれないからだ。

それ以前に火星に演算ユニットが無ければ、ボソンジャンプさえ出来ない

アキトはこの並行世界で生きて行くしかなかった。

「新しい生き方を模索している時に別世界に飛ばされるか。こちらとしては都合のいい事だが・・・」

ユリカ、ルリ、ラピス、彼女達に会えない事を想い、

アキトは若干の未練は感じていたが・・・それとは別に、何か納得の出来ない事があった。

それはこの世界に跳んだ事そのものが、作為的な力が働いたのではないだろうか?そう直感が告げていた。

『マスター、今それを考えるのは後にしましょう。当分日本で生活するとして、

怪しまれない程度にこの国の現在の状況を、把握しておく必要があります。』

サレナの言う通りかもしれない。今それを考えた所で答えは見つからない。

今するべき事は目の前の問題を一つ一つ片付けていく事だ。

「サレナ、この国の状況を把握すると言っても、具体的に何をすればいいんだ?」

『国際情勢、大企業名、経済状況、社会問題、それに流行やテレビ番組、芸能人、アニメ、

首相の名前、国内外の有名な政治家の名前等の一般常識です。』

郷に入れば郷に従えか。サレナの言っている事は正しい。この世界で生きて行く為には必要な情報だ。

それから一時間、アキトは国内情勢を調べて頭に叩き込んでいく。

アキトが必死に知識を蓄えている間。サレナはと言うと。

「世界の本を守る為!」

朝8.30分から絶賛放映中のアニメ「魔法少女ビブリオン」

サレナはISFを通して、別口で番組を見ていた。

勿論、情報収集の方もアニメを見ながら同時に行なっている。さすが元高性能AIだけあって器用だ。

『マスター、魔法少女ビブリオンって結構面白いですよ!』

「そっ・・・そうか。良かったなサレナ」

子供向けアニメ。サレナが何故か気に入ってしまった。

昔からよくある単純明快な物語で、魔法少女が様々な苦難に立ち向かいながら、

仲間と共に悪の秘密結社と戦っていく話。俺たちの世界にも「魔女っ子プリンセスナチュラルライチ」

と言う魔法少女アニメが、世代を越えて大流行していた。

「・・・・・・・・・・・」

結局あの後、アキトとサレナは二手に分かれて電脳情報を探して回ったが、

少女達の使った力に関して、何一つ情報を得る事は出来なかった。

『世の中そう簡単に行きませんね。これだけしか情報を掴む事が出来ないとは・・・不覚です。』

電脳を探し回って唯一掴んだ情報と言えば、

襲撃して来た少女達の制服が、麻帆良学園本校中等部の制服と言うだけだった。

「サレナ、そうがっかりするな。別に俺達の力が劣っていたわけでは無い。

それはお前が一番理解してるのだろう」

サレナを優しく慰めるアキト。

『マスター・・そうですね。悲観するのは早過ぎました』

制服を手掛かりに、麻帆良学園のホストコンピューターにハッキングを仕掛けて、

得た情報は生徒の名簿だけだった。顔写真の無い名簿では人物の特定までは難しい。

襲撃してきた金髪の少女は、容姿から見て恐らく西洋圏の留学生、

しかしこの学園は留学生が多くて探すのは事実上困難、だから人探しの方は一旦諦める事にした。

さすが世界でも有数な学園都市だけあって、各国から留学生が多く学園に集まっている。

それに少女達のテリトリーで、悠長に人探しなどしていたら、

またあの少女達に何時襲われても可笑しくは無い。迂闊な行動は出来ない。

何故ならこちらの居場所を、みすみす少女達に教える様な物だからだ。

ここは慎重に事を運ばなければならない。生き残る為に・・・

そして再びアキトとサレナはネットワークに潜っていった。

アキト達は知らないが、魔法使い専用のネットワーク、まほネットなる物があるのだが

これは普通の電脳空間と隔離されており、魔法の力が無ければ入る事が出来ない仕組みになっていた。

そしてそれは、麻帆良学園本校のホストコンピューターにも採用されており。

一つ目は表向き学校の情報を管理するコンピューターで、通常のネットワークに繋がっており。

二つ目は魔法に関する情報を管理するコンピューターで、まほネットに繋がっている。

ホストコンピューターを二つに分ける事で、情報保護を強化していた。

そして通常のネットワークにも電子精霊群なる、AIにも似た情報生命体が居て、

魔法に関する情報を日夜削除して、魔法に関する情報が表の世界に漏れる事を防いでいた。

他にも、絡繰茶々丸を作り出した麻帆良大学工学部は、

情報保護の観点からインターネットとは繋がっておらず、アキト達の電脳ハッキングを受けなかった。

「・・・何も見つけることが出来ないとは。どういう事だ?」

いくら捜しても何も出てこない。

『分かりません。電脳世界に置いて我々の目の届かない場所が、他にあるとしか考えられません』

サレナはかなり自信喪失気味だったが、それでも諦めずに情報を探っていく。

アキト達はその後、各国の中枢コンピュータにまで潜ったが、まったく収穫は無かった。

自分達の誇る最高の力が及ばない事に、アキト達は次第に不安を覚え始めていた。

200年後の未来でさえ、ラピスとダッシュの力で、世界の電脳情報は裏も表ほぼ全て把握していた。

今の自分達はそれに近い力を得ているはずなのに。未来より遥かに劣るセキュリティーのネットワークから。

自分達が求める情報を探し出す事が出来ないでいた。

そう、まるで何か意図的な力によって、隠されているように・・・

『マスター・・・これからどうしますか?・・・探すのを諦めますか?』

「こちらが諦めたとしても、向こうがまた襲ってくるかもしれない。それじゃあ意味が無い。」

身を守る為にも、どうしても少女達の使った力を手に入れる必要があった。

アキトは少し考えた後。

「・・・仕方が無い、情報屋を使おう」

電脳情報から目的の情報が手に入らないのなら、足で情報を稼ぐしかない。

未来の世界でも、電子情報では無く未だに紙の書類が使われる事がある。

特に機密性の高いプロジェクトには、他社による外部からのハッキングを想定して

紙でのやりとりが行なわれる事があるのだ。

そんな時に役に立つのが、足で情報を稼いで来る情報屋の存在だ。

彼等は主に人伝に情報を探って来る。手間が掛かる原始的な方法だが、

未だに使われ続ける有効な手段の一つだ。

何時の世でもどんな世界でも情報屋は存在している。表の世界だろうが裏の世界だろうが

金さえ払えばどんな情報も提供する奴等。それが情報屋だ。

世界は違えど人間の考える事だ。料金や連絡方法は昔からそう変わらない。

『資金調達の方は何時もの手でよろしいですね。マスター』

「それが一番足が付かないならな。サレナよろしく頼む。」

何時もの方法とは、企業や銀行が税金対策で隠し持っている隠し財産、つまり裏帳簿である。

その裏帳簿からお金を少し拝借する、例え盗まれたと後で気付かれたとしても、

表沙汰、警察沙汰にすることが出来ない。事が公になって困るのは企業や銀行の方

隠し財産が見つかれば、脱税した分と追徴課税を国に払わなければならないからだ。

資金調達を始めてから一時間程の時間が経った。

当面の生活資金、情報屋に支払うお金、ISF補助機が壊れた場合に備えて、代用が効きそうな

精密部品の調達費用。今後必要になる諸経費。それ等を充分に賄える程の資金をハッキングで確保した。

金額にすると1億円少々。これだけの資金が集まれば、当分お金に心配する事は無い。

充分この世界で活動していける。資金調達も一段落付き、アキトに睡魔が襲って来た・・

「情報屋と連絡を取るのは明日以降にしよう。流石に今日は色々ありすぎて疲れた」

『わかりしまた。ではこれで今日は切り上げましょう、

近くのホテルの予約をネット上から取りましたので、そこでお休みくださいマスター』

ISF使用環境のプログラムをパソコンから消去して。

アキトはインターネット喫茶を使った時間分の会計を済ませて店を後にした。

そして今日泊まるホテルへと向かう。

「今日は本当に色々あったな・・・」

『大変な一日でしたね・・・。マスターと私に取っては最初の一日ですが・・・』

そう、俺たちの新しい人生は今日からようやく始まるんだ。この新しい世界で。

ホテルに向かうと途中、道端を歩いてた黒いフードを目深に被った少女が、こちらに近づいてくる。

今は時刻は深夜11時、夜遊びしている少女かと思い、アキトは少女の方を振り向くと、

その瞬間、少女と目が合った。

「こんにちわ・・・」

「えっ?」

少女から突然挨拶された。何事かと思いもう一度少女を見ようとするが・・・

自分の意識はそこで途絶えていた。次に意識が戻った時、自分はまったく知らない場所に倒れていた。



「・・・ここは、一体・・・」

気持ちのいい微風が自分の肌を撫でる。目を覚ましたアキトは立ち上がり

そして最初に見たものが。広い海、青い空、白い砂浜、そして灯台の様な大きい白い建造物。

どうやらここは島の様だが、ここから見る限りそれ程大きな島では無いようだ。

一般的な無人島の大きさ程度の物。現在自分が居る場所は、島の全景を見渡せる程の高台に居た。

目を凝らしてこの島を眺めるが、他に建造物らしき物、人の姿を確認する事が出来なかった。

それに人の気配も全く感じない。・・・では、ここは無人島なのか。

あの白い建造物に人が居るどうかは別として、これからどうするべきか・・・

それにしてもこの島はまるで、南国の有名リゾートビーチの様にとても美しかった

『マスター、気が付かれましたか?』

サレナが自分に話し掛けて来た。どうやらサレナの方も無事の様だ。

と言っても、俺とサレナ一心同体なので、

俺が死ぬか補助脳に損傷を受けない限り。サレナは死ぬことは無い

「サレナ、ここは一体何処だ?・・・何があったんだ?どうして俺達はここに居る。」

混乱する頭で必死にこの状況をアキトは考える。何故このような事態に陥ったのか。

しかし、いくら考えてもアキトは何も思い出せなかった、そして、なんの答えも出なかった。

それはサレナも同じだった。あまりにも不可解な現象。そう、まるで神隠しにも遭ったように。

『・・・全て不明。現在地、特定出来ません。』

「現在地特定出来ないとは?」

サレナの知識なら気候及び太陽や星の位置関係から、一定の場所の推測は立てられるはずだが。

そう思いサレナに訊ねるが・・・

『申し訳ありません。ここは地球上では無いようです。

星の動きに変化がありませんし、太陽の位置関係も不審な点が見られます。』

「まさか・・ではここは、異世界!?」

また、別な世界へ跳ばされたのか?そんな考えが頭を過ぎる。

「そんな・・・一体どうしてこんな所に来てしまったんだ・・・」

あの襲撃して来た少女達が俺達に何かしたのか?・・・いや、確か気を失う前に

黒いフードの少女の目を見て、突然彼女から挨拶を受けたんだ、そこからだ!俺の意識が途絶えたのは

「ふふふ、目を覚まされましたか?ようこそ異邦人、天河アキト殿」

「だっ誰だ」

何処から共無く少女の声が聞こえる。辺りを見渡しても姿を確認する事が出来ない。

すーっと、黒いフードを目深に被った少女が幽霊の様に目の前に表れた。

少女の突然の出現に、アキトは何時戦闘になっても良い様に身構える。

「貴方と敵対する気はありません。警戒を解いてください」

そう言って少女は笑った。しかしその笑みからは何故か冷たい印象を受けたのだが。

何故か彼女に親近感を感じてしまったアキト。

「お前は誰だ?俺をここに連れて来たのはお前なのか?」

アキトは目の前の、黒いフードを目深に被った少女に問い掛ける。

「ふふふ、はい、アキト殿の言われた通り、私がアキト殿をこの世界に呼びました」

少女は奥背もせずに、自分がアキトを拉致同然の扱いで連れて来たと言う。

「なぜ俺をここに連れて来た、目的は何だ?」

「ここに連れて来たのはアキト殿を守る為です。

昨夜、始祖がアキト殿を狙って攻撃を仕掛けて来たのでしょ?」

「始祖?・・・あの衝撃して来た少女達の事か?」

昨夜いきなり襲い掛かって来た、金髪の少女とアンドロイドの二人組みの事なのか?

しかし始祖とは一体何だ?・・・聞いたことが無い言葉だ。開祖と言う似たような言葉があるが

これは主に武術に使われる言葉で、少女を意味する言葉では無いはず。

言葉の意味から察するに、元祖と同じある物事を始めた人と言う意味なのだろうけど。確証は無い

それに二人の内どちらかの名前か本名かもしれないし、あだ名とかコードネームも考えられるか・・・

まぁ名前に関しては大した問題ではない。今重要なのは彼女達の正体と目的。そして力だ。

「あの少女達は一体何者なんだ?」

「吸血鬼の始祖エヴァンジェリン。恐るべき力を持った不死の魔法使いです」

黒いフードの少女はそう言った。

吸血鬼?始祖?不死?魔法使い!?・・・そんな・・いや、今までの事を考えれば十分ありえるか

ここは自分達の直系過去ではない。自分達の知らないか並行世界の過去なのだから・・・

「まっ魔法使いだと?・・・空想の世界の在れか?」

魔女っ子プリンセスナチュラルライチ、魔法少女ビブリオン。

アニメの魔法少女達の映像が、一瞬アキトの脳内を駆け巡る。

「貴方の居た世界はどうか知りませんが、この世界には太古の昔より魔法使いが居るのです」

魔法が存在する並行世界か・・・どうやら本当に異世界に来てしまった様だ。

今更だが、彼女の発言で改めて実感した。

「・・・そうか、だが俺には関係の無い事だ。元の場所に戻してくれると助かるのだが」

もう少し彼女から色々聞きたい所だが、無償の善意ではあるまい。

厄介事に巻き込まれる前にこの場を離れたいと思った

「勿論出して差し上げます、しかし、私の話を聞いてからでも損は無いはずです」

確かに、この少女からは色々な有益な情報が手に入りそうだな。もう少し彼女に付き合うのも悪くは無い

「分かった。話してくれ」

「では、まず世界の成り立ちからお話しましょう」

少女がこの世界の成り立ちを語りだす。

「太古から存在する魔族や妖精、幻獣達。基本的に彼等は、自分達の領域の外に出ることはありません。

しかし極少数。自ら人間達の領域に自ら入って行く者達が居るのです。人同士の争いの絶えない人の住む領域

そこに異界の者が入っていけば、当然異種間同士の争いへと発展してしまいました。

元々魔法の技術は異界の者達の力です、しかし人が彼等異界の者達と戦うためには

彼等と同じ力を得るしか無かった。それが今日、魔法技術として確立したこの世界の歩みです」

なるほど、俺達が古代火星遺跡を発見してその技術を得たように。

この並行世界では遥か昔に異界の者達の介入により、魔法技術が彼等から齎されたわけか。

方や人間同士で争った蜥蜴戦争、方や人間と異界の者との争い

世界は違えど何時の世も争いは絶える事が無く、そしてその争いの中から新たな力が齎されるか、

皮肉な物だ。犠牲無くしては前に進めないとは。



後編に続く