遠い過去と現在が重なる時、新しい事実が見えて来る事がある。

それは果たして真実なのかそれとも偽りなのか、その答えを知る者は既に居なくなっていた。

そして未来を紡ぎだす若人は、古き者を見て一体何を思うのだろうか。

若人には未来と希望を古き者には過去と幻影を、それぞれ異なった時の流れを生きて来た。

では二つの時が交わりし時、新たな未来が動き出す時・・・それはかの者達に何を指し示すのだろうか。



「魔法とアキト、アナザーストーリー第2話(紡ぐ者、過去と未来と現在を)」



サンサンと降り注ぐ太陽。東欧のハングリーから比べれば日本は実に温かい日差しを届けてくれる。

それでもまだ2月上旬なので少し肌寒かった、しかし、春の息吹は直ぐそこまで来ている事だろ。

「日本の地か・・・この国は何故か懐かしさを感じる。俺に流れる先祖の血がそうさせるのか」

自分の中に流れる日系人としての遺伝子が、この地に想いを馳せているのだろうか。

しかしアキトにとって本当の故郷はこの日本ではない。本当の故郷は火星のユートピアコロニー。

しかし未来の世界において、木蓮のチューリップの落下激突によりユートピアコロニーは消滅した。

そして第二の故郷である長崎県佐世保。戦後ルリちゃんと一緒に過ごしたあの小さな部屋。

あの頃の想い出は今では遠い記憶の中で徐々に薄れ行く、記憶の幻影になりつつあった。

「全ては夢幻か・・・俺はまだ過去の記憶に囚われているらしいな」

過去を振り切ったつもりだったが、やはり完全に忘れ去る事は出来なかった。

自分の愛した妻、一緒に時を過ごした二人の娘、ナデシコと共に戦った仲間達。

自分の故郷、二度と戻る事が出来ない未来の世界、今の自分に取って全ては夢幻の世界の出来事。

「それでも俺は・・・この世界で新しい未来の可能性を見てみたい」

麻帆良学園の学園長である近衛・近右衛門から、電話を受けてあれから一週間が経った。

ハンガリーでの調べ事を済ませたアキトは、日本に在る麻帆良学園を目指す為、

ハンガリーから飛行機を乗り継ぎ、日本の成田空港へと入った。

「ようこそ日本へ・・・」

アキトはパスポートを受付の係員に提出して入国審査を受ける。

この世界の住人では無いアキトに、何故パスポートが作れたのかと言うと。

アキトは裏の業者に頼んで、日本の戸籍をお金で買い取っていた。

この世界に来てから220年以上、老いない身の上で同じ戸籍のパスポートを何度も申請していたら

何時かは怪しまれる事になる。だから切りの良い所でまったく新しい戸籍を業者から買い取るのだ。

「・・・はい、結構ですお客様」

「ありがとう」

アキトはパスポートを係員から受け取り、荷物の受け取りと税関検査を済ませて空港ロビーを出る。

そして成田空港から電車を何本か乗り継いで、埼玉県麻帆良市へと入った。

「少し見ないうちに、またこの街は発展しているな」

アキトは駅のホームから出た後、麻帆良の街並みをゆっくり眺めながら徒歩で麻帆良学園を目指していた。

麻帆良市には何度も仕事の関係で訪れていた。前に訪れたのは5年前の事だ。

あの時よりさらに街並みが発展している。高層ビルや高層マンションが増えて

少し離れた郊外には住宅街が広がっていた。まだまだこの街は発展する要素を備えている。

「おっといけないな。面会の時間に遅れてしまう」

現在の時刻は午前11時、既に学園長には今日の昼までには付くと予め連絡を入れておいた。

それから徒歩で30分掛けて目的の麻帆良学園に到着。そして学園の受付でアポの確認手続きを済ませて

学園長室へと向かった。この扉を拝むのも実に五年ぶり・・・学園長は元気だろうか。

まぁ、あの老人がそう簡単にくたばる訳は無いんだが、電話越しでも元気そうだったし。

「失礼する学園長」

コン、コン。ドアをノックしてから学園長室の扉を開けた。・・・ガチャ

そこには五年前と同じ姿の学園長が居た。五年前と同じと言うのはある意味怖いが。

これ以上学園長は老化のしようが無いのだから、そう思っても仕方が無い。まぁ、本人には内緒だけど。

「フォファフォ、待っておったぞアキト。ネギ君は今授業中じゃ」

学園長の言ったネギ君とはネギ・スプリングフィールド。あのナギの息子の事だな、

彼は祖国から遠く離れたこの異国の地で、先生の仕事を無事にこなしている様だ。

実に立派の事なのだが・・・生徒達から見てネギ君の事はどう映るのだろうか。

自分達より年下の外国人の子供に勉強を教わるというのは、彼女達から見て屈辱的なのではないのか?

最近の日本は生徒達も荒れていると聞いているから、ネギ君も生徒達から苛めを受けなければいいが。

「ふう〜、それにしても学園長。10歳の子供に極東の島国であるこの日本で、

それも女子中学生の先生をやらせるとは・・・過酷な修行内容になりそうですね・・・」

正直言ってネギ君には同情するよ。いくら試験とは言え10歳の子供に、

それも遠い外国の地で先生をやらせるなんて、長い事生きているが今まで聞いた事が無い。

それに漫画やアニメでも読んだ事も見た事も無い、文字通り前代未聞の展開だな。まさに試練と言うしかない。

「フォフォフォ、そうじゃのぉ〜」

学園長。笑い事では無いと思うのだが。この試験の内容次第でネギ君の今後が決まるのだろう?

「ネギ君・・・ねぇ」

そう言えばネギ君には母親が居ないらしいな。魔法大戦期にナギが俺に語っていた、

好きな女性との間に作った子供、それがネギ君なのか?

それとも別な女性との間に作った子供がネギ君の可能性も捨てきれない。

「はっ・・まさか!?」

あいつは異様にモテテいたから、ネギ君以外に隠し子が居ても全然不思議ではない。

寧ろナギと積極的に子供を作って、既成事実を作ろうとした女性が居ても可笑しくは無い。

よく考えればナギが死んでしまって、名乗りを上げてない女性が本当は多数居るのでは?!

「こっこれは不味いぞ!!」

実は姉妹が12人居ました的な展開もあるかもしれん。そうなって一番傷付くのはネギ君本人だろ。

まさか父親であるナギがあっちこっちで浮気して、子供を作っていたと知れたら・・・

「ナギの友人として、なんとかせねば!何か手は無いか」

そういえばネギ君には姉代わりをしてくれる親戚が居るらしいな。彼女に一度相談してみるべきか?

いや、俺の考えすぎかもしれないし。何かのはずみでネギ君に俺の推測に過ぎない情報が漏れるかもしれない。

「くっ、俺は一体どうするれば、俺はネギ君に何をしてやれるんだ!」

死んだナギの分まで息子のネギ君には、希望に満ちた未来を歩んで欲しいのに・・・。

「・・・アキト、お主またとんでもない方向に思考が反れておるな」

学園長はため息を付いて、必死に何かを思い悩むアキトを見る。

「アキト、お主が思慮深いのは分かるが、深読みし過ぎて思考が暴走する癖は相変わらず治っておらんのぉ〜」

アキトの悪い癖に苦笑してしまった学園長。学園長の苦笑に気付いた俺は急に恥ずかしくなってしまった。

「・・・っん。こほん!それでネギ君の事は本当にこのままでいいんですね?」

学園長に一様確認を取っておく、ナギの息子であるネギ君の今後を左右する事なので。

「まぁ、これもネギ君の運命じゃ、こればかりはワシにどうする事も出来んぞ。

・・・それで話は変わるがアキトよ、例の電話の続きを聞く気はあるか?」

なんか学園長は随分軽いな・・・ナギの息子だからそんなに心配してないのか?

いくらナギの素質を受け継ぐ者とは言え、まだ人生経験の少ない10歳の子供なんだぞ。本当にいいのか?

「どうしたアキト?話の続きを聞かんのか?」

学園長は思案する俺を不思議そうに見てきた。例の護衛の件か・・・そう言えば、

その為に麻帆良学園に来たのだったな。三人目の護衛相手は一体誰だ?

「ああ、聞かせてもらおうか学園長。それでナギの息子や木乃香ちゃん以上に、

秘密にしないといけない相手とは一体何処の誰だ?」

鬼が出るか蛇が出るか。・・・どんな大物が来るんだ。



「10年前、ナギ達紅き翼が護衛していた少女。神楽坂・明日奈。勿論これは偽名じゃがな

本名はアスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア、魔法界の亡国の姫じゃ」

亡国の姫?それは大きく出たな、確かにお姫様ならVIPクラス。それにしても・・・

アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアか。どこかで聞いた名前なんだが

思い出せない。かなり昔に聞いた覚えはあるのだが・・・それに10年前か。

「10年前・・・」

紅き翼が壊滅した時期と同じ10年前・・・まさか!?

はっとした表情で俺は学園長を見てみると、学園長は大きく俺に頷いた。

「ふむ、察しの通りじゃ。アスナちゃんを守ってナギ達は死んだのじゃ」

学園長は渋い顔をしながらアキトにそう言った。

「アスナちゃんですか・・・彼女は訳ありですか?本国は彼女の身を保護しなかったんですか?」

本国が彼女を保護していれば、いかに大群や優れた使い手達が襲撃して来たとしても。

彼女を守りきるだけの軍事力、そして優れた使い手達を本国は備えていたはず。

それなのに何故本国は動かなかったのか、アキトには疑問が沸いていた。

「本国はアスナちゃんの受け入れを拒否した。故にナギ達で守るしかなかったのじゃ」

渋い顔のまま学園長は目を瞑って項垂れた。学園長にも何か思う所が合ったのだろう。

彼は関東魔法協会の理事として、それなりの権限を本国に持っていたが

その権限が及ばない程の事態だったのか、本国が彼女の受け入れを拒否している時点で只事では無いが、

「分からない。ナギ達が命を掛けて守る程の価値が彼女にあるのか」

本国が受け入れを拒否し、なおかつ多勢に襲撃される。彼女は一体何を秘めている?

信じられないといった面持ちで学園長を俺は見た。

「アスナちゃんが持っている力、それは魔力の無効化じゃよ。それも完全にな・・・」

学園長は真剣な眼差しをアキトに向けて、彼女の秘密を静かに言った。

「なっ!?そんな馬鹿な!過去においても、数人しか居なかったと言う魔力を無効化する者

その家系はあの戦争で絶たれて以来、魔力無効化の能力者はそれ以来現れていないはず!」

何故彼女にその力がある。魔法大戦が起こる数年前、

あの戦争を最後に魔力無効化の能力者は死んだはずでは、少なくても俺はそう後から聞いていた。

「あの戦いか・・・」

歴史と伝統しか売りの無い小国にある国が戦争を仕掛けた。

アキトは襲撃国側の傭兵として戦争に参加していた。

アキトが戦争に加担した理由は傭兵として金が欲しかったわけではない。本国から別命を受けていたからだ。

本国は密に襲撃国側陣営の支援を裏で打ち出していた。表向きにはどちらに対しても味方はしてなかったが、

裏では襲撃側の国を援助していた。そしてアキトもその支援と言う形で襲撃国側に立って戦争に加担した。

正確には前哨戦となった戦いにおいて。小国側の防衛ラインの切り崩しの為、

破壊工作等を行なって、襲撃国側の部隊を防衛ラインに招き入れるというのが

アキトの依頼された仕事の内容だった。そしてアキトはその仕事を無事に完遂した後、

本国への報告の為に転移魔法を使って戦場から離れた。

戦争は予想通り小国側の敗北で終結したと後で聞いた。

「あの噂は実は本当だったのか?」

あの戦争に小国側に立って、ナギ達紅き翼が戦ったと言う噂が流れていた。

結局その情報は小国側が流した苦し紛れの偽りの情報だったと言うが、敗戦後判明したとか。

大戦が起こる前から、ナギ達紅き翼の名声は高まりつつあった。

紅き翼の名前を使う事で襲撃国側に牽制を入れたかったのだろう・・・。

「学園長、一体どういう事ですか?彼女は何故魔力無効化の力を持っているんですか?」

学園長の真意を探る為に俺は直接この老人に訊ねみた。そして意外な答えが返って来た。

「彼女は黄昏の姫御子じゃ」

黄昏の姫御子だと!?・・・信じられない、いや待てよ、そうかようやく思い出した。

黄昏の姫御子の名前を「アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア」

「!!!・・・まさか、あの戦いを生き残った?いや、そんなはずはない。そもそも年齢が合わない」

二十数年前の事件だ。もし黄昏の姫御子が仮に生き残ったとしても30近い年齢になっているはずだ。

もしかして彼女は黄昏の姫御子の娘か?それなら年齢の問題はクリアされる・・・

「学園長、彼女は黄昏の姫御子の娘さんですか?」

それしか考えられない。普通に考えれば本人が日本の地で中学生やっているなんてあるはずが無い。

しかし返ってきた答えにより、彼女のが謎がさらに深まっただけだった。

「彼女は間違いなく黄昏の姫御子本人じゃ。詳しい事情はワシも知らんのじゃ」

学園長は俺の疑問に気づいたのか先に疑問の答えを提示した。しかし尚更分からなくなった。

知らないとはどういう事だ?隠しているわけではないのか。

「タカミチや詠春も10年前に紅き翼に居ただろ。彼等から何も聞いていないのか?」

同行していた彼等から事情聴取すれば、大体の事が分かるはずだが何故聞かない?

それとも余程複雑な問題が彼女に絡んでいるのか?それで話す事が出来ないのか?

「アスナちゃんの大体の身の上は聞いておるが、詳しい事情はタカミチも詠春も話さんのじゃ」

「そうですか・・・」

結局彼女に付いては分からず終いか。それでもまったくの無駄足では無かった。

こんな所でナギ達の手掛かりを得られるとは思わぬ収穫だ。

それに彼女の事をタカミチや詠春が学園長にも話さないという事は、余程何か裏の事情が絡んでいるのだろう。

その事は追々彼等に直接聞けば良い。今重要な事はその事ではない。



「それでどうじゃアキト?護衛の件は引き受けてくれるか?」

「そうですね・・・」

詠春の娘にナギの息子、それにナギ達紅き翼が守った黄昏の姫御子か。

ふふふ、これは実に興味深い。運命の悪戯という奴のだろうか。

何にしてもようやくナギ達の手掛かりを見つけたのだ。黄昏の姫御子の近くに居れば

行方不明のアルの情報も得られるかもしれない・・・。これは絶好のチャンスなのかもしれない。

「引き受けましょう。但し、引き受ける期間はとりあえず二ヶ月間だけ」

仮にこの麻帆良学園に留まったとしても、なんの成果も無く時間だけ過ぎて行くかもしれない。

一年二ヶ月をこの場所で過ごすには、少々長過ぎるからな。まず二ヶ月間様子を見させてもらう。

「ふむ、二ヶ月間だけとは?」

学園長としてはかなり不満の様だ。しかしこれも仕事であり契約なのだ。俺は妥協する気は無い。

「それ以上はその時になってから決めますよ学園長。護衛を継続するかしないか」

「そうかではお主には表向き2Aの副担任として、先生をやってもらう事になるのぉ〜」

唐突に学園長が何か言った、しかも少し笑いながら・・・俺が教壇に立つとは・・・

「・・・はぁ?」

どういう事だ!?・・・俺に先生をやれと言うのか?そんな話は聞いてないが!

まさか、護衛期間を二ヶ月にした腹いせか?それとも駆け引き?・・いや、嫌がらせなのか学園長!

「学園長それはどう言う事ですか?護衛なら警備員でも充分なはずですが?」

俺に教職者が似合うわけ無いだろ。金の為、そして自分の生きる意義を捜す為に

どれだけ多くの人間を殺めたと思っているんだ?

そんな人間に先生をやれって良く言うな。この老人は・・・

「警備員より副担任の方が誰にも怪しまれずに、自然な形で護衛がしやすいじゃろ」

確かに学園長の言っている事は一理あるが、他の生徒の事を考慮に入れてないだろ。

「・・・それはそうですか、俺は先生なんてやった事がありませんよ」

「大丈夫じゃ!!10歳のネギ君でも立派に先生をやっておる。アキトも出来るはずじゃ!」

なんだその根拠の無い自信は、責任を全て俺に丸投げしている様にしか見えないが。

「しかしですね・・・先生と言うのは・・・」

教職者と言うのはどうも抵抗がある。犯罪者ではないが・・俺は人殺しなのだ。

そんな俺が穢れ無き未来ある子供達に、勉強を教えるなど滑稽ではないか。

「・・・・・・・」

躊躇している俺に学園長は、

「10歳のネギ君が先生として頑張っておるのに、ワシよりじじいのお主が尻込みか?」

「ぐっ・・・」

安い挑発だ、しかしそう言われてしまうと言い返せない。事実俺は先生をやる事にビビっている。

ナギの息子は本当に凄いな・・・大人のおれでさえ戸惑うのに先生をやっていのだから。

「少しは健気なネギ君を見習んか!まったくお主は何時から臆病者になったのじゃ?

世界に名を馳せた傭兵とも思えぬ尻込みじゃのぉ〜」

学園長は悪ふざけをしている。それは分かるのだが俺にどうしろ・・っく。ここは一旦妥協するべきか、

しかしそれでは・・ええい!仕方が無い。ここでナギの手掛かりを失うわけにはいかない。

「くっ・・・そこまで言うか、・・・分かった!引き受ければいいんだろ!!」

かなり勢いで先生の仕事を了承してしまったが、本当に良かったのだろうか。後で後悔しないだろうか。

「フォフォフォ引き受けてくれるかアキト。では先生としてどの教科を担当するじゃ?」

担当する教科の選択。つまり先生として何を生徒達に教えるのか。

中学生程度の学習内容なら別段どの教科を教えても問題は無い。それぐらいの知識は持ち合わせている。

しかし、自分が苦手な学問を教えるより、得意な学問を生徒達に教える方が上手くいくに決まっている。

「教科の選択か・・・」

自分がもっとも得意な教科・・・それならアレが一番だな。

「では化学の教科を引き受けよう。魔法薬の調合や研究でこの分野は得意だからな」

魔法の研究をする仮定で一番最初に取り組んだ事、それが魔法薬の調合だった。

「それに過去の思い出か・・・」

220年前この世界に初めて降り立った時、俺は右も左も分からず各地を彷徨っていた。

五感が不能になった事、そして生きる意味を失っているのに、

まだ自分が生きている事に対して、正直どうでも良くなってしまった。

あのまま何処かで力尽きるのを待っていたのかもしれない。そして俺は地面に倒れて体が動かなくなった。

ようやく待ち望んだ時が訪れた。既に感覚は無くなっている、死に対する苦しみや悲しみを何も感じ無い。

ただ眠りたかった。自分の罪から解放されて楽になりたかった。全てに終止符を打ちたかった。

しかし俺は助かってしまった。あそこで静かに死ぬべき人間だったはずの俺を誰かが介抱してくれた。

そして目を覚ました時、一人の年若い魔法使いと出会った。彼は名も無き魔法使いだった。

彼の名前も顔、そして声も今では記憶の中に埋没してしまい思い出す事が出来ないでいた。

しかし、彼の目指した物、そしてその想いは今でも明確に覚えている。

「救える人が目の前に居るのに、僕は何もしないでただ黙って見ていることは出来ない」

彼はそう言った、しかし自分に出切る事と出来ない事が在るのも事実。彼はそのギャップに苦しんでいた。

彼は立派な魔法使い(マギ・ステル・マギ)でも、強力な魔力や魔法を持っている訳でもない。

ごく一般的な力をしか持たない普通の魔法使いだった。

それでも彼は自分の目指す未来を諦めようとはしなかった。

「アキトさん。僕は精一杯自分の出来る範囲で生きてみようと思います」

彼は生きる目的を失った俺を介抱してくれた。そして自分が魔法使いである事。孤児である事

力不足で救えなかった人、そして魔法の力で救えた僅かばかりの人達の事を嬉しそうに俺に語っていた。

「彼等の笑顔を見る度に、僕は自分が魔法使いで有る事に誇りが持てるんです。

そして新たな活力を彼等から貰う事が出来るんです。ですからこの先も僕は自分の信じた道を進みます」

彼は何も言わない俺に対して、自分が目指す未来や理想を俺に語っていた。

正直青臭いと思った。まだ社会に毒されてはいない若造だと。

・・・でも彼に未来の可能性を見る事が出来た。自分に失われた物を彼から見る事か出来た。

「お前の目指すべき未来を・・・俺も見届けてみたい」

それが俺に新しい生きる目的が出来た瞬間だった。もちろんそれは彼の目指す物を見ると言う

借物であり仮初の目的でしか無い事は分かっている。本心はまだ何処かで自分の死に場所を求めている。

それから俺は彼に付き添って色々な場所を巡った。

彼の身を守る為に俺も魔法や気に付いて鍛錬と研究を始めた。

やがて彼は志し半ばで病に倒れた。診断の結果は不治の病だった。

まだ彼と知り合ってそれ程の時間が経っていなかったのに・・・彼は倒れてしまった。

治療の施しようが無いほど彼の病気は悪化していた。助かる見込みはまったく無かった。

「アキト・・・僕はもうすぐ死ぬ、でも君はここで死んではならない。・・・生きて欲しい、

僕が生きた証しを、僕が君と歩んだ思い出を・・君の中で生きさせてくれ。

僕は君と共に居るから、だから君も自分の生きる意味を改めて探してくれ、それが・・僕の願いだか・・ら」

彼は俺にそう言い残して息絶えた。枯れたはずの涙が自分の頬を流れるのを感じる。

「・・・さようなら、そしてありがとう」

俺はまた大切な人を目の前で失ってしまった。自分の無力さが激しく情けなかった。

彼の病気を治す薬が有ったのなら、こんな結果を迎える事はなかっただろ・・・。

彼の遺体を丁重に葬った後。その場を後にした。それから俺はしばらくの間。

修錬と魔法薬の研究に明け暮れた。力が無くては何も救えない、知識が無ければ対処できないから。

修錬や研究によって一通り力と知識を得た俺は、傭兵として戦場を駆け巡り始める。

失った五感を修錬で手に入れた魔力と気で補いながら、自分で作った魔法薬で補正しながら・・・。

自分の生きる意味を捜す傍ら、まだ捨てきれない自分の中に残る死に渇望を求めて

二つの相反する気持ちを抱えたまま。今にいたる・・・俺は今も生き残っている。

「・・・どうしたアキト?」

急に黙ってしまったアキトを心配して学園長が声を掛けて来た。

「いや、何でも無い・・・」

全ては過去の幻影でしか無い。彼の目指した未来も俺の歩んできた過去も全ては・・・

「そうか、では2Aの副担任も決まった事だし、早速ネギ君を呼ぶとするかのう」

校内放送を入れて、ネギ君を学園長室に呼ぶことになった。



ここは学園長室、今此処には俺と学園長、そして・・・

「学園長先生、お呼びでしょうか」

「フォフォフォ、待っておったぞネギ君」

スーツを着た外国人の少年が学園長室に入って来た。

この子がナギの息子なのか?確かに髪の色、そしてナギの面影を残した顔立ち。

「紹介しようネギ君、今度2Aの副担任をする事になった天河アキト先生じゃ」

学園長が俺の事を紹介する。ここは無難な自己紹介をネギ君にするべきだろうな。

「ネギ君初めまして。天河アキトです」

「あっ初めまして、ネギ・スプリングフィールドです」

そう言ってネギ君は礼儀正しく一礼を行なった。

本当にあのナギの息子?いや、礼儀正しい教育を育ての親から受けたのだろう。

ナギの様な破天荒な性格にならなくて、この子は本当に良かったと言うべきだろうか。

「天河先生は副担任の他に化学の授業を担当する事になっておる」

学園長め・・・よくもぬけぬけと言えた物だ。まぁ・・・それに乗った俺もどうかと思うが。

「化学の教科ですか?」

少し不思議そうな表情でネギ君は俺を見て来た、

俺はどう見ても化学の先生をやっている面に見えるわけ無いから。

ネギ君にそう思われてもまったく不思議ではないが、気持ち的に良いものでも無い

「そうじゃ、それと天河先生は立派な魔法使い(マギ・ステル・マギ)の資格を持つ魔法使いじゃから、

何か困った事があったら彼に気軽に相談しなさい、きっと手助けをしてくれるはずじゃ」

!!!・・・学園長め、余計な事は言わなくていい。それにアレは形だけの物だ。

「えっ!?天河さんは立派な魔法使い(マギ・ステル・マギ)なんですか!!」

一瞬驚いた後、ネギ君がアキトの事を羨望に満ちた目で見てくる・・・

立派な魔法使い(マギ・ステル・マギ)とは、世のため人の為に陰ながら力を使う、

魔法界で最も尊敬される仕事の一つである。表向きの活動は国連NGO通して行なわれている。

しかし、世のため人の為とは良く言ったものだ、結局誰にとっての為なのか・・・

人の都合や考え方に寄っては善にも悪になる。それを決めているのは本国の一部の上層部に過ぎない。

「一様資格だけは持っている、立派な魔法使いとしての仕事は今はしてないが・・・」

傭兵として派手に活動していた頃のアキトは、魔法界でも何かと目立つようになっていた。

そこでアキトは本国の上層部の魔法使い達に、恭順の意思と賄賂を贈った事で、

お尋ね者や賞金首になる事は無かった。その代償として本国からの依頼を無報酬で引き受けることになった。

本国から公認を受けた者と言う形式的な身分証明と言う形で、

立派な魔法使いの資格を貰ったと言う裏事情があった。

勿論、そんな裏事情をアキトが正直にネギ君に教えるようなことはしない。

「それでも凄いです!僕の将来の夢は、父さんの様な立派な魔法使いになる事なんです!」

ネギ君は少し興奮しているのか声を荒げている。よほど偉大なる魔法使いになりたいらしい。

しかし、実体はそれほど良い仕事でも尊敬される仕事でも無い。

全ての人間を救えない以上は、時には非情な手段に打って手を汚す事も良くある。

所詮は多数の幸福の為には、少数の犠牲が絶対的に必要なのだ。全てはバランスの問題。

そこには善も悪も関係無い。悪が必要な場合は悪となり善が必要な時は善となる。

それが立派な魔法使い(マギ・ステル・マギ)のもう一つの顔だ。秩序の維持には仕方が無いこと。

しかし、多くの者はその真実に気付いていない。勿論、裏側の一面を知らない立派な魔法使いも多いのも事実。

闇を制するには闇。社会の闇に対抗するには闇を知る人間を活用していると言う事だ。

「そうかネギ君はナギを目指しているのか」

前大戦の英雄であるサウザンドマスターに憧れる少年少女は今でも多い

アキトも前大戦では英雄並の働きをしたのが、それが表に出て来る事は無かった。

裏方の仕事の為、表に出せるような仕事の内容ではないのだ。暗殺や破壊工作、

虐殺等も本国から別命を受けて、アキトは密に行なっていた。

しかし、完全に情報を隠蔽する事は出来ず、アキトには戦時中から黒い噂が絶えなかった。

戦後も黒い噂がアキトに付き纏っていたが本国から審問される事は無かった。それは本国の命令だから。

アキトのした事はより多くの人達を救う為に仕方が無く行なわれる。必要悪であるから。

全ての人を救う事が出来ない以上、誰かが犠牲にならなければならない。

その為にアキトはあえて汚名を被っているのだ。勿論、別な事情もある。汚い裏の仕事を任せられる

腕利きの者が居ないと言う本国の情勢も合わせて、アキトの存在は本国で重宝されていた。

しかし、元々鮮血の魔術師なんて物騒な二つ名を持っていたので、

真偽に関わらずアキトの悪い噂を信じる者達は多かった。

その為にアキトの場合は立派な魔法使いでありながら、憧れると言うより本国では畏怖しかされていなかった。

別にその事に後悔しているわけじゃない。それはアキト本人が自分で選んだ道だから。

「天河さんは父さんの事を知っているんですか!!」

ネギ君はかなり驚いていた。それ程の事では無いと思うのだが?

「彼は有名人だからな、それにトラブルメーカーで何時も厄介事を抱え込んで来た」

今思い出すだけでも、ナギは面倒ごとを持ち込む男だった。

紅き翼に居たアル達の苦労は絶えなかっただろ。・・・それでもナギは魅力的な奴だから

彼の元から離れる奴は誰も居なかった。どうりでアルが彼を気に入るわけだ・・・。

アルとエヴァ。二人とは100年近い付き合いを続けているが、

二人揃って、いや俺も合わせて三人揃って、直ぐに興味が引かれる人物が現れたのはナギだけだった。

「天河さん、父さんが何処に居るか知りませんか!!」

ネギ君が真剣な顔で俺にナギの行方について尋ねて来た。

「いや、俺が最後にナギに会ったのは20年も前の話だ。それにナギは10年前に・・・」

公式文書で1993年に死亡。これが今知られている一般的な情報。俺もそれ以上は知らない。

彼が本当に死んでいるのか、それとも生きているのか、それを直接確認したわけではないのだから。

「そうですよね・・・。でも僕は・・いや、いいです」

ネギ君は何かを俺に言いかけた様だった。まぁ機会があればその事を聞くとしよう。

「ふぉふぉふぉ、ネギ君、午後の授業が始まる前に、天河先生をクラスに紹介してみてはどうじゃ」

俺とネギ君の会話が一段落した所を見計らって、学園長が話し掛けて来た。

「あっそうですね!天河先生行きましょう!」

「ちょっとネギ君」

ネギ君はそういって俺を急かし、麻帆良学園中等部の2年A組の教室まで強引に連れて来た。

現在の時刻は12時50分。午後1時からの授業開始までそれほど時間は無い。

既に生徒全員がクラス内に揃って居た。その中にエヴァンジェリンの姿も見つける事が出来た。



「皆さん、実は紹介したい人が居るんです」

騒いでいるクラスの生徒に対して、ネギ君は少し大きめな声で言った。

まだ先生としての貫禄はないが、それでも彼の先生としての頑張りは伝わってくる。

本当に10歳のネギ君が先生をしているのだな・・・改めて驚いた。そして感心したよネギ君。

「何々、ネギ君どうしたの?」

「その人誰?」

さっそく2Aの生徒二人が興味を引かれて俺の事を見て来た。

女子中学生と言うのは、時代や世界が変わっても本質的な物は変化しないらしい。

人の本質が変化しないのは今も昔もそして、未来も同じだからか・・・?

「皆さん、お静かにしてください。ネギ先生のお話ですわ」

「委員長が一番煩いじゃない」

「言いましたわね、アスナさん!」

「何よ〜何か文句でもあるの委員長!」

学級委員長らしき金髪の少女と、髪を二つに分けている少女が言い合いをしている

・・・明日菜?そうか、彼女が黄昏の姫御子「神楽坂・明日菜」か。

名前は聞いた事があるが、こうして姿を見るのは初めてだ。

しかし、こうして見ると普通の女子中学生にしか見えないが。彼女には魔力無効化の力が備わっている。

彼女にその能力があると言うだけで、魔法使い達から見れば危険な存在として認識される。

俺もA級ジャンパーと言うだけで、火星の後継者に人体実験された様に・・・

力を持たざる者とそうで無い者。そこには拭い切れない確執がどうしても生まれてしまう。

「やっやめて下さい、明日菜さん、委員長さん〜」

ネギ君が二人の生徒の間に入って、ケンカの仲裁に入ろうとするが、周りの生徒がネギ君に近づいて来た。

「ねぇねぇ、ネギ君。今度うちの部を見学しに来ない?」

「あっ抜け駆けはズルい」

「ネギ君。今度遊ぼう」

「ネギ君〜」

ネギ君は周りの女子生徒に囲まれてしまい、あっと言うまに身動きが出来なくなってしまった。

あれは完全に生徒達に遊ばれているな、なんか可哀相だなネギ君は・・・。

それに先生として生徒に手玉に取られている姿はかなり情けないぞ。

まずナギには考えられない姿だな。アイツは妙にこう言う事に場慣れしていたから。

上手い事、人の輪から抜け出す事に長けていた。それも一つの才能と言う奴だろうか。

「はぁはぁはぁ・・・・」

息切れを起こしているネギ君、なんとか生徒達から振り切れたようだ。本当に大丈夫か?!

「ネギ君、大丈夫なのか?」

「あっはい、大丈夫です・・・」

ネギ君はそう言うが、2Aの生徒と戯れている?内にかなり疲弊している様に見えた。

やはり子供である以上は相手が女子生徒とは言え、5歳も離れると体格差が生まれてしまう。

彼も色々大変だな・・・しかし、若い頃に苦労とする色んな事に対応出来る事になるから頑張れ、

「こほん、それでは皆さん発表があります。今度2Aの副担任をする事になった天河アキト先生です」

そういってネギ先生は俺の紹介を始める。

「ネギ先生の紹介に預かった天河アキトです。副担任と言ってもネギ先生の様に

皆さんと毎日顔をあわせる訳ではありません。それと俺は化学の教科を担当するので

何か授業で分からない事があった時は、気軽なく職員室に来てもらって構いません」

俺は先生として無難な挨拶を済ませた。昔の俺ならここで自然に笑みを浮かべる事が出来ただろ。

でも、今の俺には自然に笑みを浮かべる事すら忘れてしまった。何も知らなかったあの頃の笑顔には戻れない。

「それでは皆さん、天河先生に何か質問はありますか」

「はい、はい!」

女子生徒数人が手を上げている。ネギ君が誰に指名するのか少し迷っているが。

「では、朝倉さん」

ネギ君がカメラを手に持った生徒を指名した。

「天河先生は何歳ですか?」

年齢を聞いて来たか、やはり女子中学生だな。それなら次の質問も定番のアレか?

「今年で25歳になります」

本当の年齢は245歳を超えた当たりか?もう随分昔に年齢を数えるのはやめてしまった。

それに2Aの生徒達に自分の本当の年齢を教える必要も無いし。

「へえ〜25歳ですか。それで先生は独身なんですか?それとも既婚者ですか」

朝倉と言う生徒はちょっとにんまりした顔で俺に聞いてくる。

「勿論結婚していますよ。朝倉さん」

やはり予想通り結婚云々を聞いて来たか、こう言う話は女子中学生が好きだからな。

ここは無難に結婚していると嘘を付いておいた方が、俺にちょっかいを出して来る生徒は居なくなるだろ。

その方が此方としても、動きやすく都合がいいしな。

「へぇ〜でもそれなら何で、結婚指輪はしてないんですか?」

「ああ、その事か・・・」

この生徒は意外に鋭いな。それに洞察力がある。カメラを所持している所を見ると報道部に所属している生徒か?

ネギ君にも魔法使いである事がばれないように、この朝倉と言う生徒には注意する様に言っておこう。

「俺の結婚指輪は今メンテナンス中なのさ。だから今は付けてないが

メンテナンスが済めば、左手の薬指に付ける予定だから、そのつもりでいてくれ」

「なんだ・・、つまんない」

朝倉と言う生徒は俺の説明に納得したのか、それ以上の事は質問してこなった。

しかし、こうなってしまったからには、近々左手の薬指に指輪を付けないとな。

再びこの生徒に疑われる事になってしまうかもしれない・・・スペルリングでも指に付けるか。

あれは、杖より魔法の威力が劣る触媒だから、身に付けてはいなかった。

「他に質問がある方はいらっしゃいますか?」

シーン。どうやら俺が結婚していると聞いて、生徒達は俺に興味が無くなった様だ。

2Aの生徒達を見渡してみると、このクラスは随分と留学生が多い事が分かる。

そして、その中にエヴァンジェリンの姿を見つける事が出来た。

『・・・・・・・・プッ』

エヴァンジェリンは机に俯いて、必死に笑いを抑えていた。

やはり俺が先生をやる事がかなり可笑しいのだろ。俺も似合わない仕事だと本気で思うが、

当人を目の前にして笑わなくてもいいだろ・・・エヴァ。

「ネギ先生、俺も色々準備があるから、自己紹介はこれぐらいにしましょう」

そういって俺はネギ君に合図を送る。彼も俺の合図に気付いて気を利かせてくれた。

「あっそうですね。もう直ぐ午後の授業も始まりますし」

「では、ネギ先生、俺は失礼させてもらう」

俺は職員室に戻り、必要な書類や授業のカリキュラムの作成をさっそく始める。

長い事生きていると色んなことが出来る様になる。先生をやる事はさすがに初めてだが

潜入任務の関係で昔、家庭教師していた事があるのでその時の応用だ。

分からない事は周りの先生に聞けばいいのだから。



「これでよしと」

必要な準備は全て終わらせた、明日から授業を行なっても何も問題は無い。

既に時刻は夕方頃を迎えていた。・・・気分転換に屋上から街を眺めて見るか。

そう思って屋上に上がって来て見ると、そこには先客が居た。

「・・・五年ぶりか?久しぶりだなアキト」

エヴァは屋上で寝そべったまま俺に挨拶して来た。・・彼女は少し前まで寝ていたのだろう。

その証拠にまだ寝たり無いのか。目を右手で擦っていた。

「エヴァ、授業はどうした?」

この時間帯はまだ、クラスで授業を行なっているはずだが?

「サボった」

なんの反省もしてないのか、エヴァはそう言った。

「そうか・・・」

まぁ、15年も同じ様な授業を受けていれば、いい加減サボりたくもなるだろう。その気持ちは理解出来る。

「それで、ププ・・・一体どう言う事だ?・・プ・・お前が先生をやるとは」

思い出し笑いなのかエヴァは笑っていた。俺が先生をやる事が彼女の笑いのツボに嵌った様だ。

「なりゆきと言う奴だ。半分は学園長に乗せられた」

最初は護衛の仕事だけだったはずなのに、何故か先生の仕事をしなければならなくなった。

学園長め、上手く俺を誘導したものだ。俺もまだまだ精神的に未熟の様だ。

「ふふふ、じじいに一杯食わされたか・・・、それで残り半分はアキトの意思か」

疑いを向ける目でエヴァは俺を見て来た。相変わらず無遠慮な奴だなエヴァは。

「そうだな。半分は俺の意思だ」

ここに居ればアルの行方を捜す手掛かりになるかもしれない。そんな期待があったから

学園長の依頼を引き受けた。まぁそれ以外にもナギの息子にも興味が惹かれたのも事実だから。

「アキト、お前は一体何を企んでいる?じじいからただ単に、仕事の依頼を引き受けたわけでもあるまい」

・・・さすがエヴァだな。俺の思惑に気が付いてくるとは、だてに付き合いが長いわけじゃないか。

しかし、俺の思惑は俺とっての有意義な物であり、結果的に誰かに迷惑を掛ける訳ではない。

「別に何も企んでなどいないさ、時を待っているだけ。運命が動き出すかもしれないから」

今年はきっと何かが起こる、そしてこの退屈な日常が変化する・・・そんな予感がしていた。

「まったく分からんぞアキト・・・」

「・・・・・・・・」

沈黙を保つアキトにエヴァは溜息を付く。

「何も言わないならそれでもいい。それで私の依頼の方はどうなっているんだアキト」

「・・・済まないエヴァ、そちらの方は順調とは言いがたい」

10年前ナギが死んだ情報が流れた後、俺はエヴァからある仕事の依頼を受けた。

それはエヴァの登校地獄の呪いを解く方法を捜してそれを調達する事だ。

本来はナギ本人が彼女の呪いを解きに来る予定だった。

しかし、ナギは死んでしまい。エヴァの登校地獄の呪いを解く方法が無くなってしまった。

登校地獄はナギ本人にしか解除出来ないほど、強力な呪いの精霊だった。

当然それを解除するとなると正規の手段では到底無理。ナギが呪いの精霊と契約した時に使用した

桁違いの魔力と同等な魔力が必要になるからだ。・・・そんな大きな魔力を持った魔法使いは居ない。

学園長の孫である木乃香ちゃんの潜在魔力はナギも超えるが、彼女はそもそも魔法使いでは無いし

彼女の魔力を間接的に引き出したとしても、使える魔力はナギが使用した魔力にはまだ届かない。

正規の手段でエヴァの呪いを解除する事は不可能と言う結論が出た。そこで考えたの方法は・・・。

足りない魔力を魔法道具を使って補助する事だった。しかし、いくら補佐しても限界は当然あった。

「必要な魔法道具の準備が出来ているのだが、肝心の術者の調達が難航している。

魔法道具の補助が有ったとしても、最低でもアルクラスの術者が必要になるのだが・・・

そんな上位クラスの魔法使い達は、お前の復活には協力しないからな」

アルクラスの力を持っている上位クラスの魔法使い達は、本国で重要な地位を占めている。

必要なのは魔力の総量と魔法の操作技術。アキトにはアル程の魔力が無いので、

エヴァの呪いを解く事が出来なかった。

そして本国の魔法使い達が、自分達の脅威となるエヴァの復活に協力するわけが無かった。

「やはりそちらの方は無理だったか、それでアルの探索はどうなっている?」

「本国に居ない事は間違いない。それと魔法世界に戻った形跡も無いので

此方側に居ると考えられるが、何処に居るかのまったく手掛かりが掴めない」

ナギと共に10年前から行方の分からないアル、俺もエヴァも彼の事を捜していた。

アスナちゃんの一件があるので、もしかしたらこの学園の近くに居るのではと思い、

麻帆良学園一帯をこの後捜す予定だ。そこで手掛かりを掴めればいいが・・・。まぁ無理だろ。

「呪いを解くマジックアイテムの方はどうなっている?」

「古い文献を当たっているが、どれもこれも信憑性に掛ける物ばかりだ

それに大昔に消失している物がほとんどで、現存している可能性はかなり低い」

強力な呪いの効果を弱める魔法道具や、呪いを完全に打ち消す伝説級の秘薬を捜しているが、

こちらもほとんど成果は上がっていなかった。本国の博物館に有るのはレプリカで本物ではない。

「そうか、それなら仕方が無いな(・・・予定通り坊やの血を頂こう)」

アキトから顔を背けて空を見上げるエヴァ。彼女の横顔は少し浮かなかった。

「・・・何か悪巧みでもしているのかエヴァ」

彼女の悪意を長年の付き合いからアキトは感じ取っていた。だからエヴァにその事を尋ねてみると。

「お前には関係の無い事だ。それはお互い様だろアキト」

興味が無いとでもいいだけなエヴァ。アキトとエヴァの間には不可侵の決め事があった。

お互いの事には一切干渉しない。敵対しないと言う前提の元での協力関係。

「そうだな、俺はお前を信じている。・・・エヴァはそんなに悪い奴じゃない」

付き合いが長いからこそ、エヴァがそんなに悪い奴じゃないと言う事が分かる。

女子供は殺さない、覚悟の無い奴は殺さない。そんな自分のルールを彼女は己に架していた。

自分の身を守るため意外は他人を殺めるような事はしない。

この学園に来てから特にその傾向が強くなった。エヴァは学園に来る前に比べて随分甘くなった。

勿論それは人との歩みの上でプラスになる事。この地に封印された事も

結果として彼女の為になったと今は思う。ナギはそこまで考えていたのだろうか・・・。

いや、あいつの事だ。そんな深い考えは無かっただろ。

アイツはエヴァの心を自然体で感じ取っていたのかもしれない。まったくエヴァが惚れるわけだ。

俺もナギほど大きな器を持った人間は今まで出会ったことは無い。出来る事ならまた奴に会いたい。

それが適わない事だと頭の中で分かっているのだが、諦め切れない気持ちも俺の中にあるのも確かだ。

それがネギ君に対する期待と言う形で現れているのだろう。

「エヴァ・・・早まった真似はするなよ。お前の未来はまだ閉ざされてはいない」

そう、俺がエヴァの呪いを解けばいいだけだ。彼女が生きている限りチャンスは巡ってくる。

彼女に別な未来を提示する事が出来る。彼女がそれを受け入れるかどうかは別として

「アキト、お前が何と言うが私は悪い魔法使いなのだよ」

エヴァは少し悲しそうな表情を浮かべてそう小さな声で囁いた。

「俺はまだ諦めてはいない、俺は自分の信じた道を行くだけだ。・・・それが彼との約束だから」

俺は屋上を離れて今日止まるホテルへと向かった。明日にでもこの街に住む為に。

不動産屋に住居の手配をする事になるだろ。この辺のマンションの一室でも借りれば充分なはずだ。

それにしても学園長が俺の住居を用意していなかったとは予想外だ。一週間前に行くと行ったのに。

それにネギ君の分も用意していなかったらしく、彼は自分の生徒である、

神楽坂・明日菜と近衛・木乃香と同室らしい。子供とは言え先生と生徒の同居は責任者として問題があるだろ。

まぁネギ君に関しては学園長の思惑が見て取れるがな。孫の木乃香とネギ君をくっ付けたいのだろ。

少なくともネギ君に関しては、半年前から先生をやる事が分かっていたはずだ。

それなのにネギ君の住居を用意しなかったのは、木乃香ちゃんとネギ君を同室に仕向ける為。

学園長も中々人が悪いねぇ、詠春の娘とナギの息子か。

ふふふ・・・二人が付き合ったら実に面白いだろうな。少し気が早いが二人の子供も見てみたいし。

学園長の思惑を助ける形になるが、俺も陰ながら二人の仲を応援するとしよう。

そう考えると学園生活も案外悪い物ではないのかもしれない。刺激的な事を期待しているよネギ君。



後書きというか今後の方針?変更する場合も色々あるけどね。

さて、アキトは3Aの副担任をする事になりました!って副担任は他のSSじゃ使い回されているネタだけどね。

それでもあえて使う事にしたのは使い勝手がいいから。そして第二期のネギま!を読んで来たぜ!

早速ネタとして組み込んでみた。あんまり意味はありませんけどね。今後は原作通り進めるので・・・。

そしてアキトが立派な魔法使い(マギ・ステル・マギ)って似合わない!

それもパートナーが居ないんです。アキト本人は魔法剣士タイプなので従者を必要としませんが、

ネギ君の言う通りカッコが付きません。でもアキト本人は今のところ誰も従者にする気はありません。

次回は図書館編になります。でもアキトはあまり活躍しません。