また二、三隻が暗い光に巻込まれ、砕け爆発する。
集められた総数二百は下らない艦隊は、たった一隻の戦艦と機動兵器に互角の戦いを強いられていた。
白亜の戦艦ユーチャリス。
漆黒の兵器ブラックサレナ。
一対を織り成すこの二つ。
指揮をするのはたった独りの男。
幾つものコロニーを沈めた第一級指名手配犯。

A級ジャンパー、テンカワ・アキト。

この戦いに参加している者の内、その名を知らない者はいないだろう。

彼らにとってはほんの些細な事だった。火星の後継者が独立するに当たって、連合統合両軍が押さえていたA級ジャンパーを全て管理下に置く、つまりは拉致しなければいけない。
その理由は当初、木連軍人が大半で構成されていた火星の後継者一派には、ネルガル重工など技術面でボソンジャンプ解析が進められていた連合軍上層部ほどボソンジャンプについての理解度が足りず、例え同レベルまで解析したとしても同じ土俵の上に立つ以上、それでは良くても互角にしかならない。
そこで考えられたのは、A級ジャンパーと遺跡とを融合させてのジャンプ技術の独占。
草壁も馬鹿ではない。極冠遺跡上空に置ける蜥蜴戦争の集結から月臣元一朗ら木連男児による熱血クーデターの間、素早く内密に遺跡のジャンプログを辿り、そして遺跡を探し当てた。
だが遺跡だけ在っても使用が無い。
急遽、解析のために何年かかけて捕らえられたA級ジャンパーたちはモルモットとされ人体実験を受け、大半がナノマシンの過剰投与、遺跡との不適合などの理由で死んでいった。
もちろん、火星の後継者の中核を成すのは草壁を含む木連軍人。己の正義のために犠牲を問わない草壁と違い、人間の非人道的な人体実験が捕虜たちに施されたとあれば味方の指揮が下がる。
実験は最高機密、遺跡と適合した眠り姫のみが実験に参加し遺跡の翻訳機となり彼女は我々の勝利の女神だと発表され、その間ネルガルに先に確保されたイネス・フレサンジュを除くA級ジャンパーたちの死体は誰にも知られる事無く破棄されていった。

計画は完璧。
元々ジャンパーたちは『不幸な事故』で数年前に死んでいる。死人が再び死んでも発覚する事は無い。
志気も上がり意気揚々と勝ち戦をアピールすると、軍の内部に根回し次々と味方を増やしていく。

しかし、誤算があった。
破棄された死体の中にテンカワ・アキトがいなかったのである。

些細な事。
ナノマシン過剰投与によってボロボロの実験体が一匹逃げ出しただけ。
生きていても死んでいるような状態だろう、生き残ったイネス・フレサンジュと合わせても高々二人、誤差の範囲内だと高を括っていた。
些細。
些細。
些細。
そして火星の後継者は、彼らが些細と言っていた者に潰された。

たった独り、家族を助けるために全てを捨てた怪物に。
二人の電子の妖精による火星の完全掌握、ナデシコC及びユーチャリスの機動兵器による草壁直下の暗殺部隊『北辰七人衆』の敗北、火星の後継者大将草壁の投降。
決起からあっと言う間のスピードであった。
今も火星の後継者残党は、No2の新城とNo3の南雲を筆頭に抵抗を続けているが、半年もすれば完全に鎮圧されるだろう。
戦えても一ヵ月。
火星の後継者残党の戦力は中規模コロニー一つと戦艦約二百隻。
その二百隻が、この一日で激減した。
再び現れた黒い怪物は、何十ものバッタを率いて一度に数隻の戦艦を落しては消えるを繰り返し、時にはユーチャリスの主砲で、時にはボソンジャンプで戦艦の内部を喰い破って、もうそろそろ残存艦は半数になる。

『悪魔だ』

既に混乱状態だった敵の通信から叫び声が上がる。
傍受していたそれを聞いたアキトは口元を歪め、笑う。

『助けてくれ』
『誰か援軍を』
『もう駄目だ』
『あいつは何処だ』
『やめろ』
『化け物』
『後ろにいるぞ』
『くたばれ』
『ぐあぁぁぁぁ』
『何故命中しないんだ』
『総員退避しろ』
『逃げろ敵わない』

更にアキトは笑う。
恐怖。
苦痛。
怒り。
憎悪。
悲しみ。
どれもアキトが極限まで経験した感情。
また叫びとなって聞こえて来る。
また笑う。
決して声に出すような高笑いではない。本当に小さく口元を歪ませる。
それがアキトの復讐。
効果も分からない無針注射器を持って近寄る研究者。
先に注射され、隣の寝台に縛られてたいた人が悶え狂う。
直ぐにアキトにも苦しみが襲う。
アキトたちを見て嘲笑う研究者の顔が今でも鮮明に思い出される。
恐く、怖く。
苦しかった。
怒りも、憎しみもどうにも出来ないまま。
次々と死んでいく仲間を悲しむ。
復讐だ。
自分とA級ジャンパーたちから全てを奪った人間への。

「恐れろ」

だから笑う。

「苦しめ、怒れ、憎め、悲しめ」

これは復讐なのだから。
何も知らなかったでは済まされない。

『化け物』
『化け物』
『化け物』
『化け物』
『化け物』
「そうだ、俺は……化け物だ」

アキトは笑う。
おかしくも何とも無い、敵とは言え人が次々死んでくのを見て楽しいとも思わない。
それでもアキトは笑わなければならない。
死の堺を彷徨ったアキトたちを嘲笑った存在の様に。

「お前たちの敵は此処にいる」

高機動ユニットを纏ったブラックサレナは敵を拡散し、ばらけた敵にバッタが喰らい付き、丸裸の戦艦はユーチャリスが潰す。
がむしゃらに機体を叩き付け敵機を壊し、突き抜けていく内に並走していたバッタの数も減っていく。
それは守りを捨てての攻撃。
ユーチャリスの装甲は歪み、ブラックサレナのユニットにも無数の亀裂が入り、バッタに至っては神風の様に敵を道連れに破裂するものまであった。
その戦い方は手負いであるが故に、最後の戦いを理解した獣の様でもある。
普段ならこの程度の数に、こんな無様な戦いはしないだろう。
『損傷率50パーセント、マスター後退を』
「黙っていろ」
『しかし、マスター。バッタの支援もままなりません。一度後退してドックで補給する事を推奨します』
ユーチャリスに搭載されたコンピュータ、オモイカネ・ダッシュ。
今、アキトのサポートしているのはダッシュだった。
誰にも理由を告げずに、この戦いの前、アキトは無理やりリンクを切りラピスを艦から降ろした。
視覚補助バイザーを着けても、アキトにはもうラピスとリンクしていた時程視力は無い。
視覚意識から切り離し、ブラックサレナのメインカメラの映像を脳に直接投影する。

「罪は償わなければならない。それが北辰でもテンカワ・アキトでも……それに、戻れば決心が揺らぐ」 『マスター?』

ダッシュには先行偵察だといって無理やり納得させて戦場に出たが、戦力差から考えたラピス無しでの殲滅成功率は三割だとアキトは考えていた。
どちらにしろ、ラピスを連れて来る訳にはいかない。

「ここで共に終わろう……火星の後継者」

高機動ユニットをパージし、小型の敵艦にぶつけて穴をあけ吹き飛ばす。
元々この戦いに勝敗も成功も失敗も無い。
アキトは此処に死にに来たのだから。

『マスターッ!マスターッ!』

ウィンドウが忙しなくアキトの前を掠める。
内容は損傷率や機動力低下、推進剤の残量低下、残弾低下、駆動系の異常、装甲一部破損、ストップ、一時停止、止まって、マスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスター…。
アキトは敢えてそれを無視すると敵の旗艦に向けて方向を合わせる。

「ダッシュ、サレナの消滅後ユーチャリスは全速後退、敵の探査範囲を離脱。それが無理ならメインコンピュータブロックを切り離して降伏しろ。戦力データは送った、明日には連合軍が到着する」
『拒否します、マスター!やめて下さい!置いていかないで下さい、マスターッ!』

苦笑する。
本家オモイカネに似て感情豊かで優しい子に育ったな、とアキトは子供の成長を思う親の様な気分だった。

「ラピスを……頼む。ごめんなダッシュ。今までありがとう」
『マスターッ!』

疾走したブラックサレナは小爆発しながらくるくると敵艦に向かう。
直ぐにぶつかった。
ハンドカノンを残らずぶち込み外壁を穿つと、抉り込むように機関部に入る。

「ジャンプユニット起動。ブラックサレナを中心とした半径1kmにジャンプフィールド展開。到着地点座標修正、目標……太陽」

一息つく。
最早アキト自身でも変更不能。
真紅の太陽に、この戦艦を道連れにしてテンカワ・アキトは消え去ろうとしていた。
そして―。

「……ジャンプ」

エラー。

アキトは首を傾げる。

「…………ジャンプ」

エラー。
いつまで経っても何も起らない。

「…………………ジャンプ」

エラー。
エラー。
エラー。

アキトが段々と何もかも馬鹿らしくなって来た時、突然『ジャンプデータ変更』の文字が現れる。

『ジャンプユニット起動。ユーチャリス及びブラックサレナの機体表面5cmにジャンプフィールド展開。到着地点座標修正、目標不安定。死なない所なら何処でもOK!』
アキトにしか聞こえない声。
次々とデータが書き替えられる。

「やめろっ!」
『嫌です!マスターは私に教えてくれました。家族は尊いものだと、だから守りたいって、どんな事があっても死んで欲しくないって。貴方が自分の罪を悔いて死ぬのなら、私は自分のわがままで貴方を止めます!』

ダッシュによって書き替えられたデータは、行く先も安定しないまま準備完了を知らせる。
安定しないとは言っても、次元の狭間に放り出されると言う事はないだろう。

「お前は、俺を死なせてはくれないのか?」
『ラピスよりも大切な貴方を死なせません。私と言う存在が生まれた瞬間から共に生きて来た貴方を、死なせたりは絶対にしません』
フィールドは段々と存在を増し、ユーチャリスとブラックサレナを包んでいく。
「ユリカも助けて、ラピスも俺から縁をを切り、復讐も終わった。正直……何のために生きればいいのか分からない」

自分には何も残っていないと、アキトは力無く頭を振る。

『貴方が死んだら私は許しません。自壊して貴方の側にいきます。それが嫌なら……生きて下さい』
「……性悪AIだな、お前は」
『貴方に似ました。私の最も誇るべき部分です』

アキトは苦笑すると残りの時間を見た。
ジャンプまで30秒。
せめて別れを告げよう。

「ユリカ、ルリちゃん、ラピス……ダッシュ。お別れだ、元気でな」
『必ず、必ず迎えにいきます!それまで絶対に生きてて下さい!約束ですよ、マスターッ!』

アキトは何も応えずに優しく笑って、ウィンドウに手を振った。
淡いボソン光だけを残して、ユーチャリスとサレナは掻き消える。
アキトは消えた後も、サレナの計器にはエラーの音が鳴り響いていた。




感想は第五話でまとめてあります