黒い機体が、青い機体の脇を抜けた。
破砕音。
青いエステは片足を失って地面に鎮座し、エステの右足が、ゆっくりとずれ落ちた。
銃弾が後を追ったが、味方への誤射を避けるために攻撃を止める。
既に黒い機体の姿は無く、ゴツゴツとした岩場が広がるばかり。
広く展開した残り四機のエステは周囲に警戒する。

「くそっ、ヤマダがやられた!」
『はやっ!?』
『ヤマダじゃねぇ!ダ・イ・ゴ・ウ・ジだ!』
『ガイ!まだ動けるかっ!?』
『おうとも、気合いでどうにかしてやるぜっ!アキト、お前だけだ!俺を魂の名で呼んでくれるのはーッ!』

劣勢だと言うのに、馬鹿騒ぎ。
リョーコは舌打ちする。
1対5でも小競り合いにすらならない。
一撃必殺でこられては、数が多い方が不利になる。
ましてや岩場と言う地形。
どこから攻めて来るのか全く分からない。

『……くるわよ』

一番早く気付いたのは、後方に位置するイズミのエステ。
本来、後衛には戦況をいち早く理解する役割もある。
理解と行動は別問題だが。
リョーコが目標を発見する頃には、黒い機体はピンクのエステのピッタリ後ろに位置していた。
手にしたライフルが、コックピットを撃ち抜く。
味方機の反応が、一機消えた。

『ア、アキトーッ!あのやろう、やりやがったな!』

片足のエステが、噴射移動で一気に距離を詰める。
格闘戦ならヤマダは頼りになるが、逆にそれ以外ないとも言える。
援護のためにリョーコ、ヒカル、イズミが黒い機体を射撃。
仕留めたと確信した時。


黒い機体はピンクのエステの残骸を、盾にした。


上手い判断だと、リョーコは思う。
戦場に人道も何もあったものではない。
例え味方だったとしても、死んだらそれはただ『道具』になる。
敵の被害は最小。
重量と重力に任せて、青いエステにピンクのエステを投げつけると、二機のエステは完全に戦闘不能になった。
黒い機体は、また岩場に隠れる。
既に、二機。
五人の中でも弱い順にやられた。

『お、お兄様、手加減なし?』
『……どうかしらね』

リョーコから見れば、とても本気には見えない。
遊ばれている。
向こうからすれば、遊びにもなっていない筈だ。
姿が、見えた。
リョーコの手に力が入る。
三機は一斉に掃射した。
射線上の岩が砕け、粉塵となって舞い上がる。
敵機がまた隠れた。

「どこいった!?」
『全然見えないよ〜!』
『あ……やば』

少し離れたイズミ機が狙われた。
更に後方からのライフル掃射。
回り込みが、全体の判断スピードが速い。
イズミが沈黙する。
残りは、リョーコとヒカルのみ。
まだ戦闘開始から十五分も経っていない。
二機では隊列も陣もない、ただ背中を合わせて守りに入る。

『イズミもやられちゃったよ〜!だから無理だって言ったじゃん!』
「うっせーッ!ヒカルはここまでやられて引き下がれんのかよ!?」
『だ、だって恐いもん!』
「ちっとは頑張れ!」
『……無駄口を叩く暇があるなら、避けきれるな?』

リョーコとヒカルが驚いて敵を探す。
数発の発砲音。
足場が削られ、視界がまた塞がれる。
位置がバレている以上、纏まっているのはマズい。
仕方なく、二手に分かれる。
立て続けに、発砲。
味方のマーカーが、また一つ消えた。
粉塵が晴れると、残った機体はリョーコだけになっていた。

「ヒ、ヒカル!?」
『……終わりだ』

背後。
振り向いた瞬間、リョーコのメインカメラには鉄の拳が迫っていた。
文字通り、終わり。
リョーコの視界には『GAME OVER』の文字が並んでいた。










「ちくしょー、何で勝てねぇんだよ!」

アキのシミュレーターにまで届く怒声。
ここは、IFS訓練用のシミュレーター室。
結局、無理矢理引きずられて勝負と相成った。
テンカワ・アキトも食堂からイズミに連れたらしく、既に準備は播但。
最初はアキ、アキト、ヤマダとパイロット三人娘。
結果、アキチーム勝利。
次にアキ、ヤマダとパイロット三人、アキト。
結果、アキチーム勝利。
最終的に、アキ対全員。
結果は、リョーコの叫び声が表している通り。
アキとしては、適当に一敗してさっさと帰るつもりだったのだが、手を抜いたら手を抜いたで怒鳴られる。
勝ったら勝ったで、また怒鳴られる。
元々アキが習得したのは、より強い相手との1対多数戦闘。
夜天光や六連に比べれば、同じエステと戦い勝利するのは基本中の基本。
そんなこともあってか、抜け出せないまま三戦目に突入したと言うわけだ。

「地上戦設定、岩場が条件でなければ、俺に勝ち目などなかった。そこまで悲観することでは……」
「あ、お兄様、それリョーコには逆効果」
「逆効果…………ギャグ硬化……くくくく……」

それはギャグで硬化すると言うことを言いたいのだろうか。
ぶつぶつ呟き笑うイズミ、ぷるぷる震えるリョーコ。
ヤマダとアキトはいい加減付き合い切れないのか、そろそろと出口に向かっている。

「そこの二人、止まれ!」
「「はいっ!」」

最早、強制と言うか軍人顔負けと言うか。
回れ右して二人は戻り、シミュレーターの定位置へ。

「クロ、もう一回だ!条件は同じでいい、勝負しろっ!」
「……断る」
「なんだと!」
「何度目だと思っている」
「う…………」

通算三度。
その間ずっとぶっ通し。
シミュレーションとは言え、実際にIFSを接続しての模擬実戦。
合間合間に休憩は必要だし、アキ自身また発作が起こった場合、目も当てられない。
何よりリョーコ、ヒカル、イズミはもちろん、ヤマダもアキトも昼食を食べていないのだろう。
くたばりかけている。
アキは慣れているが、しっかりとした食事を取らないと、職業柄倒れることもしばしば。
無理は、禁物だ。

「リョーコ、おなか減ったよ〜」
「…………ダメ。何もかも」
「さすがの俺様も……」
「そういや、俺も食ってなかったっけか」

湧き上がる、不平不満。
リョーコは腕を組み、考え込む。
くー、と小さな音が鳴った。
音原は、リョーコ。

「…………んじゃ、メシいくか」
「やった〜♪」
「おっしゃー、先に行ってるぜ!」

ヒカルとヤマダ、遅れて無言のイズミがふらふらとシミュレーター室から出ていく。

「て、てめぇら、置いてくなって言ってんだろ!」

更に遅れてリョーコも、飛び出していった。
アキは今度こそ帰ろうと立ち上がったが、残っているメンバーに気付く。
アキトが何やら、シミュレーターから出て来ない。
ユリカと言い、アキトと言い、世話を焼く係は他にいくらでもいるだろうと、アキは溜め息を吐きながらアキトに歩み寄った。

「……どうした、悩み事か?」
「え、ああ、いや、そんな大層なことじゃないんスけど」

ぎこちない返答。
そう言えば、ナデシコに乗ってから話す機会などなかった。
接し難いと言うのは、あくまで自分であるために接し難いのだが、だからこそ分かることもある。
大方、いらないことでも心配していたんだろう。

「……強さ、か」
「ええ、まあ……って何でわかったんすか!?」
「勘だ。聞くだけ聞いてやる、話せ」

大体、テンカワ・アキトが悩むことと言ったら、そんなものだ。
過去でも、未来でも。
いつだって、自らの力不足を嘆いてきた。

「……さっきもなんですけど、俺、足手まといなんじゃないかって思って……そりゃ、ベテランとか訓練受けた人に勝てないのはわかってるんです。だけど、俺は」
「このナデシコを守りたい、か?」
「はい……ってだから何でわかるんすか!?」

五月蝿く喚くアキト。
本当にテンカワ・アキト、ミスマル・ユリカの二人揃って、同じようなことを真剣に悩む。
しかも、アキの前で。
また、溜め息が出た。

「……簡単だ」
「え?」
「強く、なればいい。誰にも負けない程、誰にも奪われない程に。それこそ……俺よりも」
「む、無理っすよ、1対5でもかなわないのに」
「なら、諦めるか?」

アキに向けられる視線が、鋭くなる。
この頃から、自分はこんな目が出来たのかと、アキは過去を懐かしく思う。
決意。
何かを選んだ者の目。
アキはアキトに背を向けて、出口への道を進む。

「その想いを忘れるな、テンカワ・アキト。忘れるな、怯えて過ごした日々を、助からなかった人たちを」
「あ、あんた、なんでそれを……」

いくつもの言葉を放る。
放るだけ。
答える必要はない。
シェルターにいた時のことも、その中にいた人も、今はテンカワ・アキトただ一人が知っている。
それは、テンカワ・アキトしか知らないこと。
焼け落ちるコロニーも、木星蜥蜴の恐怖にガタガタ怯えていた自分も。
どうせ考えても分からないのだから、多いに悩むといい。
アキなりの、大人気ない嫌がらせだ。

「……それと」

立ち止まる。
扉を目の前にして、言い忘れていたことに気付いた。

「気持ちはわからんでもないが、艦長をあまり邪険にするな。あれでいて、誰よりもお前のことを気遣っている……年長者からの忠告だ」

扉を出て、通路を進む。
アキトは、早速悩んでいることだろう。
少し、いい気味だと思ったのは内緒の話。
アキが向かうのは、食堂とは反対の自分の部屋。
何だかんだで今日は悩みを聞いたり、大人数で訓練をしたり、また悩みを聞いたり。
疲れた。
格好を変えて出たのが、何かマズかったのだろうか。
曲がり角を曲がる。
正面に、人の気配がした。
小さい気配と、大きな気配。
アキは、嫌な予感がした。

「あら、アキさんよね?すごーい、普通じゃないの!」

どこへ行っても反応は同じのようだ。
それよりも、片方がミナトだとすると――


「……………………」


視線が、酷く痛い。
十中八九、ルリの模様。
アキは、自分が何をしたのか思い返す。
軍用食ばかり食べていたことか。
おそらく症状から気付かれているであろうナノマシンの暴走。
それにも関わらず、無茶な訓練を行っていたことか。
それとも、あのあとしばらく自室から出ていないことだろうか。
もしかしたら、サツキミドリ2号到達のための推進力上昇の件がバレたのかも知れない。
思い当たることが有りすぎて、ルリが何を怒っているのか分からない。
あははは、と力無くミナトが笑っている。
何かに怒っているのは間違いないが、いったいなんだと言うのか。
アキは意を決して、話しかける。

「……………………ルリ?」
「何ですか?」
それはこちらの台詞なのだが。
アキはますます訳が分からない。
しばらく通路に立ち尽くし、困っているとルリが口を開いた。

「食堂、私、ホウメイさん……わかりますね?」

理解した。
アキが出航直後にホウメイに頼んだこと。
ルリの食事の量を内緒で増やしてほしいと言うこと。
まさか、このタイミングでバレるとは。
ナデシコの涼しい艦内。
アキから、一筋の汗が流れた。

「いや、それは……何のことだか」
「……アキ」
「……すまない」
やはり誤魔化せる筈もなく、アキは小さく頭を下げた。
「アキさんの弱点みたり」と言う声が聞こえた気がしたが、かまってられる状況じゃない。

「心配してくれたのは、わかります。ですが……恥ずかしかったです」
「…………本当に、すまないと思っている」
「人の心配の前に、アキには心配する自分の体があります」
「…………悪かった」
「お昼、まだですよね?」

…………その通り。

ルリに手を掴まれる。
ずるずるずるずる、とまではいかないが。
諦めきったアキ。
アキは、ミナトとルリに連行されて、食堂に向かうことになった。



結論、今日は厄日だ。
アキは力無く肩を落とす。
連れて行かれてはいけないと理解していても、アキは引かれる手を振りほどくことはしない。
ミナトはそんな二人を見て、ただ微笑むのだった。