「どーですか、ルリさん。これが、我が社の誇る新造戦艦ナデシコです」

誇らしげに案内するプロスに付いて行くルリ。
初めて見る戦艦。
機動戦艦ナデシコ。
大きく。
白く。
そして―。

「……変な形」
「はっはっはっ。これは手厳しい」
「両舷にあるのはディストーション・フィールド発生ブレードだ。それによって摩擦係数を滅殺するようになっている」

律義に説明するのはむっつりとした顔のゴート。
しばらく会話を挟んでナデシコに入ったルリが、最初に案内されたのはデッキだった。
そこの奥には巨大な人型ロボット。
様々にカラーリングされた4機が並んでいたが、戦いに出るような色とはとても思えない。

「なんですか、あれ?」
「よくぞ、聞いて下さいました」

何処からかパンフを出してルリに差し出す。
既に開かれたページには目の前のロボットが載っている。

「あれこそが、ネルガル重工製の近接戦闘用人型ロボット、エステバリスです。陸海空は元より宇宙での活動も可能とし、超々強化樹脂と複合ルナリウム合金を使用することにより、重量は1.85トンという超軽量化を実現。更にナデシコと共に運用すれば活動時間はほぼ無限。是非セットでお買いになることをオススメしますよ」

まるで通販番組のお手本のように澱みなくしゃべるプロス。
根っからのあきんどらしい。
ぺらぺらとパンフを捲る。
ルリは半分以上聞き流していたが、一応断って置く事にした。

「……私、買いませんよ」






「ガァイ、スゥーパァー・ナァッパァァァァァァァッ!」


「あら、かわいい女の子。ひょっとしてミスター・ゴートの隠し子?」


「プロスペクターの旦那!搬入用のエステが一機たりねぇんだが何処いったか知らねぇか!?」


「はじめまして、ルリちゃん。私、メグミ・レイナード。ナデシコの通信士で、ここに来る前は声優やってたのよ」


「おや、プロスペクターさん。隣のかわいいコは新入りかい?ところで、あんた出身は?」


疲れた。
本当に疲れた。
ルリは自分の部屋でベッドに寝転がる。
こんなに人に会う事は研究所にいてはまずない。
少数の研究者とネルガルの社員が数人だけだ。

「あと……真っ黒い人とか」

ルリは自分の腕を確認する。
黒い腕時計。
ナデシコに持って来た唯一の私物。
アキは今、元気だろうか。
行き倒れてたりしてないかと思い、あの人なら有り得なくないので考えを止めた。
それにしても今日会った人間は―。

「バカばっか」

あきんど。プロスペクター。
むっつり大男。ゴート・ホーリー。
熱血ヒーローオタク。ヤマダ・ジロウ(自称ダイゴウジ・ガイ)
元社長秘書。ハルカ・ミナト。
元違法改造屋。ウリバタケ・セイヤ。
元声優。メグミ・レイナード。
コック。リュウ・ホウメイ。
中には出航前に骨折した者もいる。
何でもナデシコには『性格に問題があっても、一流の腕』という基準で集められた者が乗るらしい。
アキは知っていたのだろうかと思い、苦笑しているアキが目に浮かんだ。
ルリには両親に会って見たいという目的があるにせよ、研究所に居た時以上にこの艦に何か足りない感じがしていた。
ここに来てもする事は同じ。
オペレーター。
コンピュータと会話し、大人たちが言う通りの結果を出す。
仕事をして食事を取り、部屋に戻って眠る。
研究所に残りたかったとは思わない。
ただその生活サイクルの中に、一人の人間が足りないだけ。

「……アキ」

独り呟く。
予想以上に疲れていたのか、ルリはいつの間にか眠っていた。





オモイカネ。
不思議な発音だ。
ルリは小さく作られた専用シートに座ってコンソールに手を当てる。
手の甲のナノマシン紋様が光り出す。

「こんにちは、オモイカネ」
『こんにちは、ルリさん』

返事が返ってくる。
オモイカネはナデシコ搭載のコンピュータ。
規模は並の戦艦に搭載されたコンピュータとでは比較にならないくらい大規模。

「これから、よろしくね」
『こちらこそ』

どうやら、ナデシコで唯一まともなのはオモイカネらしい。
手早く一通りの作業をこなす。
「今日はここまで。あとでゆっくり話そう」
『はい、分かりました。では私は私の用事を済ませて来ます』

コンピュータの用事。
ナデシコにいるだけあってオモイカネもどこか少し変わっているらしい。
ルリは言葉を続ける。

「またね」
『ええ、また』

コンソールから手を離す。
ルリが後ろを振り返るといつからいたのかプロスとゴートが立っていた。

「オモイカネとは、上手くやっていけそうですか?」
「はい。今は用事があるそうですが、なかなかいいコです」
「用事、ですか?」

プロスはうーんと唸りながら考える。
何か設計段階で問題があったのだろうか。
現在、ブリッジにいる人物はルリ、プロス、ゴートの他に操舵士のミナトと通信士のメグミ、端の方にムネタケ・サダアキ副提督とフクベ・ジン提督。
最後の二人は軍からの出向だが、その他はネルガル社員という事になるらしい。
本来なら艦長とパイロットが待機していなければいけないのだが、艦長は遅刻、パイロットは骨折。
ルリは本当にここが戦艦なのだろうかと思ってしまう程、周りは緊張感の無い会話を続けている。
プロスに聞いた所、ナデシコの目的は戦闘ではなく、目的は秘密との事。

「……アキなら知っているんでしょうね」
「ん、誰の事かなルリルリ〜?」

びっくりして身体が少し浮いた。
独り言のつもりがしっかりとミナトに聞かれていたらしい。

「ルリルリ?」
「うん、愛称よ。気に入った?」
愛称。
あれ以来呼ばれてないな、とルリは思いながら適当に会釈する。

「で、アキ君って誰かな?恋の悩みならミナトおねーさんが相談に乗るわよ」

何となく、誰にも知られたくない事を知られたようでルリは内心焦る。

「いえ、違います。……歳、離れてますし」
「あら、そうなの?でもね、恋愛は年齢じゃないわよ。そういう時は押し倒すくらいの気持ちでいかなきゃ」
「……はぁ」
「大事なのは、気持ち。具体的には……でもやっぱり、もう少し大きくなってからかなぁ」

11歳の女の子にいったい何のアドバイスをしようとしたのだろう。
ミナトの言葉に曖昧に返事をしながら辺りを見る。
プロスは先程不審人物がどうとかでデッキに向かって行った。
ルリは映像を出して確認したが、もちろん黒衣の不審者ではなく普通の青年だった。
何でもナデシコに入ろうと騒いでいたらしい。
空席になっている艦長席を見る。
ナデシコの艦長は女性。
女で艦長と言うのは、この中では常識人だと自負しているルリでも珍しいと思ったが、親は連合宇宙軍提督。
しかも宇宙連合大学を首席で卒業した経歴を持つ。
暇を持て余していたルリはウィンドウを開こうとした時。

『警告。敵影を多数確認』

突然警報が鳴り、スクリーンには木星蜥蜴の姿とサセボ周辺の地図が映り出す。
普通は慌ただしく艦長が指示を出すのだろうが、肝心の艦長がいないのでブリッジメンバーも動きようがない。

「ちょっと、どうなってるのよ、この艦は!」

ヒステリックな声が響く。
声を上げたムネタケ。
ルリは初めて見たオカマと言うものを、数秒観察して視線を外す。

「敵襲だってのに何で動かないのよ!対空砲火とか迎撃機とか、艦長無しでも動けんでしょ!?」
「動きません。マスターキー、艦長しか使えませんので」

冷静につっこむ。
こういうのはゴートやプロスの役目なのだが、ゴートは艦長の迎えに行ってしまったのでルリが代弁する。

「……アンタ、何よ?」
「少女です」
「バカにしてんの?」
「騒ぐだけなら静かにして下さい。作業に集中出来ません」
「クキーッ!」

オカマを黙らせても状況が良くなる訳ではないが、騒がれるよりは幾分マシだ。
とは言えルリにできる事もあまり多くない。
スクリーンの敵影は100、200と数を増し、黄色いバッタは陸の軍施設を破壊、赤いジョロは掘削機で地面に穴を掘っていく。
恐らく狙いはナデシコだろう。
もしかしてピンチかな、とルリが思っていると後ろの扉が開いた。
ネルガルマークの入った制服、二十歳くらいの女性だ。この状況で笑った顔を作れる辺り天真爛漫を形にしたような性格をしているのだろう。

「お待たせしましたっ!私が艦長のミスマル・ユリカで〜す。ぶいっ!」

……ぶい?






サセボの地下ドックでの騒ぎも聞こえない地上では、まさに阿鼻叫喚と言った状態になっていた。
軍の施設の大半が奇襲により破壊され、戦闘機は発進前に潰され、軍人たちはバッタから我先にと逃げようとしている。
そんな中を黒衣の男が歩いていても、誰一人として気付きもしない。
男も騒ぎを気にする事なく通り過ぎた。
杖をつき、現在位置を確認する。

『アキ、次を左です』
「了解」

今、オモイカネとは擬似音声で会話している。
通信通り、通路を左に曲がる。
歩き続けるとやがて爆音が小さくなり始める。

「……オモイカネ、ナデシコを見てなくていいのか?」
『はい、どうせ艦長が来るまで暇ですから。次は右です』
「了解」

会話をしているのはもちろんオモイカネとアキ。
アキは暗い通路を進み、そして広い空間に出た。
軍の格納庫。
前線より少し離れたこの場所は、全くの手付かずの状態で残っていた。
その奥にあるのは一体の漆黒の巨人。

『ナデシコから軍にエステバリスの最終整備を依頼。しかも場所がこんな端っこの格納庫なんて、少しでも偉い人に聞かれたら一発でバレます。情報操作、苦労しましたよ』
「……ありがとう」
『いえいえ、結構楽しめました』

目が見えなくとも感覚が覚えている。
アキは開いたアサルトピットまで上り、乗り込む。
全身のナノマシンの接続を確認すると、アキは制御プログラムの書き換えを始める。

「リミッター撤去。オモイカネ、あとは任せる」
『あいあいさー♪』

残りの細かい部分は適当でいい。
初期のエステバリスでは性能にも限界がある。
アキは視覚をメインカメラと切替え、機体の動きを合わせていく。
バッテリーは満タン。
ナデシコからの支援無しでも十分戦える。

『設定完了。あ、艦長来ました。アキ、気を付けて』
「ただの見送りだ。あまり派手にやるつもりはない」
『アキも一緒に行きましょうよ?』
「……乗らん」
『……アキのあまのじゃく』

呟きを残してオモイカネは通信を切った。
拗ねてるうちが可愛らしい。
いずれ何処かのAIのように実力行使にでたら手が付けられなくなる。
機体を動かすのも久しぶりだ。
もっともそれも毎日戦いを繰り返した日々と比べればの話。
今日、アキがここに来たのはナデシコに乗るためではない。
確かに乗って助かる人間もいるかも知れない。だがそれ以上に無駄な死人が増えるだけかも知れない。
だから、見送り。
あのメンバーでこそナデシコはベストで上手くやっていけるのだろう。
余計な異分子は必要無い。
それでも、アキがエステバリスに乗るのは―。

「……我ながら未練だな」

黒い機体はライフルを手に取り、格納庫を飛び出した。




感想


COBOLで頭いっぱいなので後日に。すみません