西暦2202年、アキトが北辰を撃破してから一年が経過していた。

アキトは、愛機ブラックサレナ、母艦ユーチャリスと共に“火星の後継者”の残党狩りの為、宇宙を彷徨っていた。

「なぜこんな事をしているのだろう…。」

アキトは北辰を倒してからというもの、こんな考えが頭をよぎることが増えていた。

北辰は倒した。最愛の妻であるユリカは救われた。ならば何故、自分はいまだに戦いを続けている?

俺が戦いを続ける理由とは何だ?答えが出ることはなかったが、一度出たその疑問はなかなか消えることはなかった。

――カツカツ、コツコツ

靴と杖の音がユーチャリスのブリッジへと続いている廊下に響き渡る。

何故アキトが杖をしているのか。答えは簡単、ラピスとのリンクを切ったからだ。

アキトは、火星の後継者の人体実験―主に新型のナノマシンの過剰投与―によって、神経の大半が死んでしまい、

視覚、聴覚、味覚が完全に機能しないという、まさにボロボロの体だった。

そんな体では、日常生活さえ困難だというのに、アキトはブラックサレナで戦闘をこなす。

そんな真似ができるのは、ひとえに彼が助けたマシンチャイルドの少女、ラピス・ラズリのおかげだった。

リンク・システムという、ナノマシンを利用したこのシステムは、アキトの感覚をある程度取り戻した。

アキトは、より感覚を完全なものにするために視覚はバイザーを、聴覚は補聴器を以て健常者だったころまで戻していた。

しかし、今はラピスはいない。リンク・システムも切った。

今はユーチャリスに搭載されている、オモイカネから株分けされたAI“神楽”の補助で感覚を補っている。

何故アキトがラピスとのリンクを切ったのか。それは、アキトがラピスのことを想ったからである。

アキトは、幽霊ロボット―ブラックサレナのこと―のパイロットとして、連合軍からテロリストとして追われる身だった。

ラピスには幸せな人生を歩んでほしい。そう想ったから、アキトはラピスとのリンクを切る決意をしたのだ。

だが、AIでは限界があったのだろうか、視覚は以前の半分以下だった。

戦闘中は、メインカメラの映像を直接頭の中に写しているので問題ないが、それ以外のときは支障をきたすので、杖を突くようにしていた。

「神楽、今後の予定はどうなっている」

『船、機体共に損傷が増えてきました。一度月のドックに帰還して補給する必要があります。』

ブリッジに着いたアキトの質問に神楽が答える。アキトはそうか、とだけ返し、自室に戻ろうと歩き始めたが、唐突にむせ始めた。

顔には人体実験の証しであるナノマシンの光が浮かび明滅する。

そのとき、喉から何かがこみ上げてくる感触にアキトは口を押さえた。

ごぽり、という音と共に、生暖かくどす黒い液体が大量に吐き出される。

アキトは、改めて自分の寿命が長くないことを自覚させられた。

アキトは、イネス・フレサンジュから、自分の寿命が長くないことを知らされていた。

彼女曰く、この体は持って三年との事だったが、この調子ならもっと早そうだと、アキトは自嘲した。

そのとき、ユーチャリス内にエマージェンシーコールが流れ出す。

それは、奇襲ばかりだったアキトが久しぶりに聞く、敵襲の合図だった。

『敵は戦艦が約百隻、機動兵器は約三百体』

報告を聞いたアキトは思わず笑ってしまった。たかが一隻の戦艦と一機の機動兵器になんて戦力差だ、と。

そしてアキトは戦いを、殺し合いを思考する。

ユーチャリスのボソンジャンプによる脱出は時間がかかる、間に合わないだろう。戦うにしても、戦力差がありすぎる。さぁ、どうする?

「お手上げ、というやつだな。まさか連合軍がここまでやってくるとは…。しかし、何故場所がわかった?」

『少々予想外ではあります。それと、場所がわかった原因は、ネルガル本社で、内部告発があったようです。

たった今、軍の強制捜査を受けた事を報告するメールがアカツキ会長から届きました。』

アキトの自嘲と疑問に、神楽は律儀に答えた。

アキトは、さらにいくつか確認する。

「距離はどのくらいある。」

『こちらの索敵範囲ギリギリです。相手はまだこちらを見つけてはいないでしょうから、艦首を向ける時間はあります』

アキトはそうか、とだけ返し、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべながらつぶやいた。

「亡霊は亡霊らしく、消えろということか。だが、ただでは消えてやらんさ。この“prince of darkness”は、な。」



――この日、ネルガル社の一社員からの内部告発で、ネルガル会長アカツキ・ナガレ氏(以下ナガレ氏)が、幽霊ロボット(以下甲)と幽霊戦艦(以下乙)に関与していることが発覚。

これにより、連合軍はネルガル本社とナガレ氏宅を強制捜査し、得た情報を基に甲乙の討伐を決定。

討伐は、双胴戦闘空母二十隻、リアトリス級四十隻、駆逐艦二十隻、ステルンクーゲル二百五十機、エステバリス2五十機を以て行われた。

旗艦は乙を視認した後、全戦艦による一斉射撃を開始する命令を下すも、その直前に甲が艦隊の直上にジャンプアウトし、攻撃を開始したため断念。

その後機種を向けた乙が艦隊に対しグラビティブラストなどによる攻撃を開始、全機動兵器を以てこれに対応し、十分ほど後、甲乙共に撃破寸前となるが、

甲乙は突然ジャンプフィールドを形成、その規模は全艦隊を飲み込むほどであったとのこと。

ここで通信が途切れているため、甲乙はランダムジャンプを行ったのではないかと思われる。

甲乙を実際に撃破したわけではない上、連合軍が支払った犠牲はあまりに多い。民間へどのような報告をするかは、現在検討中である。

―連合軍、幽霊ロボットに対する報告書より抜粋―

そして、アキトがランダムジャンプのジャンプ先で、物語は始まる。


―次回予告―

ランダムジャンプにより、違う世界へと跳んでしまったアキト。

彼は、そこで不思議な少女と出会う。彼女との出会いの意味は?

彼女によって彼の人生はどう変わっていくのか?

次回、魔法青年リリカルアキト 第一話「それは不思議な出会い…か?」