ある日、少女は不思議な出会いをする。

それは偶然なのか、あるいは運命の悪戯なのか、それは誰にもわからない。

けれど、たった一つわかっているのは、彼女の運命がその出会いによって大きく変わっていくということ。





その瞬間、アキトは自分がどこにいるのかまったくわからなかった。

―ここはどこだ…。暗い…何も見えない。俺はどうなった?

アキトは己の記憶を掘り起こす。

最初のグルビティブラストは上手くいったが、戦闘を開始してから十分ほどでブラックサレナもユーチャリスもボロボロになってしまい、

ろくに戦えなくなってしまった。

死なば諸共と、全員を巻き込んだランダムジャンプを実行したところまでは覚えている。だが、それ以降の記憶がない。

一体俺はどうなってしまったんだ…。

言いようのない不安感がアキトを襲う。

彼の相棒であるAI“神楽”がこの場にいないことが、それに拍車をかけた。

もしかしたら一生自分はこの暗闇の中で生きていくのではないか?

いや、そもそも自分は生きているのか?

もしかしたら自分は死んでいて、ここは地獄なのではないか?

後から後から、とどまることを知らないかのようにあふれ出てくる。

そのとき、アキトは微かだが鳥の鳴き声が聞こえた。

そしてそれは、彼に生きていることを知らせるには十分だった。

―鳥の鳴き声なんかが聞こえるということは、補聴器は生きている。そしてどうやら自分はまだ死んだわけではないらしい…。

そのとき、ガラリと、ふすまのような物を開ける音がして、アキトは、誰かが入ってくる気配を感じた。

気配の主は、そのまま―おそらくアキトに―話しかける。

「―――すか?」

誰だろう…。敵意は感じない。

リンク・システムが機能していないため、アキトの聴力は補聴器を以てしても常人のそれよりも劣っている。そのため、声がなかなか聞き取れない。

少しでも声を聞き取るため、耳に意識を向け、声を聞き取ることに集中する。

「寝て――かな?だったら―こしたら悪いかな…」

どうやら、自分を心配してくれているらしい。耳もだいぶ慣れてきたようだ。言葉は十分に聞き取れる。

だから、アキトは自分から話してみることにした。

「ここは…」

だが、喋ろうとしても、うまく言葉が出ない。

だが声の主はそれに反応したようで、

「あ、起きたんですね。大丈夫ですか?気分が悪かったりしませんか?今お母さんを呼んでくるから待っててくださいね」

と、聞いてくる。随分と幼い声だった。小学生くらいだろうか?

そのまま部屋の外へ出て行くようだったので、あわてて訊ねる。

「ここは…どこだ?今はいつだか…教えてほしい。あと…君の名前は?」

その声に足音が止まり、少しの間―唐突な質問だった為だろう―をあけて答えた。

「ここは、○○県の鳴海市で、2004年です。それで―」

そう言った後に少しの間を空けた後、彼女は大きな声で名乗った。

「私の名前は高町なのはです!」





私、高町なのはは私立聖祥大学付属小学校に通う小学三年生です。

今日はお友達のアリサちゃんとすずかちゃんが習い事で一緒に帰れなくて、私一人だけで家に帰っていました。

家に一人で帰るので遅れることを電話で報告―いつもはアリサちゃんの車に乗せてもらうので、歩きよりもずっと早いんです―した後、ちょっと好奇心に負けちゃって、探検気分でいつもは通らない道を使って帰ろうと思ったんです。

山にある神社の近くを通ったんですけど、人通りが全然なくて、とても静かで、少し不気味でした。

そのときでした。全身黒尽くめで倒れている人を見つけたのは。

突然のことであわててしまった私は、携帯で家に―着信履歴の一番上にあった為―電話。

電話に出たお父さんに急いでやって来てもらいました。

その男の人はひどく弱っていたみたいで、とりあえず家に運ぶことに。

何故病院に連れて行かないのか聞いてみたんですが、

「最初に病院じゃなくて家に電話をかけてきたくせに何言ってるんだい?

それに、こんな山の中じゃ車は来れないだろう?車を取りに行ってたら時間がかかりすぎる。

それに、ここからなら、病院よりも家のほうが近いじゃないか。(それになにかわけ有りみたいだしね。)」

と言われてしまいました。うぅ、本当に何で最初に家にかけちゃったんでしょう。

で、とりあえず家に連れ帰った後、クロスケさん―名前がわからなかったので、わかるまではそう呼ぶことに決定しました―を

お父さんの和服に着替えさせて―もちろんお父さんがしました―離れに寝かせて、発見者の私が、看病すると言い出したんです。





アキトは混乱していた。自分は二百年近くも時を遡ってしまったというのか。

いや、そもそもここは自分のいた世界なのだろうか?

原因はやはりボソンジャンプだろうか?

だとしたら神楽は何処に跳ばされたのだろうか?

疑問は尽きることを知らないかのように次から次に溢れてくる。

だが、まず最初にしなければならないことがあると思った。

――助けてくれた相手には礼を言うべきだろう。

「すまないな…迷惑をかけたようだ」

「いいえ、気にしないでください。私が勝手にやったことですから。 それに、家まで運んできてくれたのはお父さんですし」

アキトの礼に少女、高町なのははそう返すと、部屋から出て行こうとした。

そのとき、アキトは猛烈な不安に襲われた。

――彼女がいなくなったら、自分はまた暗闇に独りになってしまうのではないか?

以前の―復讐人になっていたころの―アキトからはまったく考えられないことだったが、戦うことに疲れ、目がまったく見えない状況に置かれたアキトは、自分でも気づかないうちに、精神的に参ってしまっていたのかもしれない。

だからだろうか、アキトは思いがけないことを口走ってしまう。

「目が…見えないんだ。すまないが、ここにいてくれないか…?」

すると、なのはは驚いたようだったが―実はアキトも自分の口から出た言葉にかなり驚いていた―ええと、と少し逡巡した後に、

「分かりました。私はここにいますね」と答えた。

その後、大声で「お母さーん、ちょっと来てー」と言った。

どうやら母親に用事があったようだ。悪いことをしたかな、とアキトは思った。





「あらあら、もう起き上がって大丈夫なんですか?」

少ししてから部屋に入ってきたなのはの母親―高町桃子と名乗った―は、

寝たままで話すのは少々情けないと言って起き上がっていたアキトに対して、こう話しかけてきた。

その言葉からは純粋な疑問しか感じられなかったので、ついアキトも普通に答えてしまう。

「はい、もう大丈夫です。…俺のこと、聞かないんですか?」

アキトの言葉も、桃子は笑いながら返す。 「無理はしないで下さいね。…あなたの事情は、体調が元通りになってから聞かせてもらいます。

だから、今は気にせず、ゆっくり休んでくださいな。クロスケさん」

完璧に善意から来る言葉だった。だから、アキトはこの二人を信用することに決めた。

ただ、アキトには今の台詞で気になることがあった。

「クロスケ…俺の事ですか?なんでまたそんな呼び方を?」

桃子は声に出して笑いながら答える。 「だってあなたの名前をまだ聞いていませんもの。よければ教えてくださいな?」

「あ、私も知りたいです。なんていうんですか?」なのはも続ける。

アッと思った。そうだ、まだ自分は名乗っていない。

だが、名乗ってしまっても大丈夫だろうか、と思う。自分は軍から追われる身、この家族に危害が及ぶのではないか。

そこまで考えて、アキトは思わず笑いそうになった。

この世界は自分のいた世界とは違う。年代から考えて、連合軍は存在しないだろう。

ならば名乗ることに問題はない。

そこまで考えて、アキトは二人が何も喋らない事から名乗るのを待っていることを察し、ああすまないと言ってから名乗った。

「アキト…テンカワ・アキトだ」





その後、なのはの兄と妹―恭也と美由希と名乗った―が挨拶しにやってきた。

曰く、体調が直るまでゆっくりしていって下さいとのこと。

そのことに心からの感謝を述べた後、少し雑談をした―桃子は戻っていったが、なのははずっといた―のだが、

盲目のことで必要以上に心配されてすこし居心地が悪かった。

なので、それを改めるよう頼むと、素直に謝ってきた。自分があまり会ったことのない、できた人間だとアキトは思った。





それからしばらくして、「失礼するよ」と言いながら誰か―男のようだった―が部屋に入ってきた。

「なのは、すまないが少し部屋から出ていてくれないか。ちょっとこの人と大事なお話があるんだ」

「え…うん。わかったよ、お父さん」

男―どうやらなのはの父親らしい―の言葉に、なのはは少々迷ってから従った。

そして、なのはの気配が遠ざかったのを確認したかのように、しばらく間を空けてから男は話し出した。

「はじめまして…僕の名前は高町士郎。君に訊きたいことがあるんだが、いいかね?」





「つまり君は…お金がなく住む場所もない。挙句の果てに戸籍もなく、飢えのあまり行き倒れていた、と言うのかね?」

士郎の質問に対するアキトの答えを聞いた士郎は、かけらも信じていないかのように言った。

まぁそうだろうな、とアキトも思う。いくらなんでも怪しすぎる。嘘にしたってもう少しうまい嘘があるだろう。とも思う。

「…ああ」

だが、言ってしまったものは仕方がない。この嘘はこのまま突き通さねばならない。

アキトの答えに士郎は少し考えてから、

「ところでこの宝石は君のものなのかな?」

と聞いてきた。手渡されたそれは、アキトにとって馴染み深いものだった。CC、チューリップクリスタルである。

手渡されたCCは二つ。つまりそれは、二回ボソンジャンプが可能ということだ。

そこまで考えて、ハタと気づく。そもそもこの世界に、火星にあるボソンジャンプに必要不可欠な遺跡は存在しているのだろうか、と。

もしなければ、ボソンジャンプは不可能なので、この世界はアキトのもといた世界からの一方通行ということになって、CCもまったく意味がないのではないか。

とりあえず、今のところはっきりしていることは、このCCは、使い方のわからない人間が発動させてしまうことがないとも言い切れないので、自分が持っておくべきだということ。

「ああ、そうだ。確かに…これは俺のだな」

アキトの答えに、士郎はフン?と疑問の声を上げた。

「金がなかったんじゃないのかい?これを売ればいくらかの足しになったろうに。なぜ売らずに持っていたんだい?」

しまったとアキトは思った。このままでは疑われる。何か言わねば。

「形見…なんだ。大事な…」

その言葉に、士郎はすまなそうに答える。

「そうか…すまないことを訊いたね。忘れてほしい」

「いや…気にする必要はないさ」

アキトはどこか自嘲気味に答える。それはそんな嘘しかつけない自分の未熟さ故か、

元の世界の物を形見と言ってしまったことに元の世界に対して未練を感じ取ってしまったからなのか、アキト本人にもわからなかった。

士郎はそんなアキトの気持ちに気づいていないのか、続ける。

「そういってもらえると助かる。ところで、戸籍のことだが、ツテがあるから何とかなるだろう。お金は…そうだな、なのはの家庭教師をやってみるつもりはないかな?」

その言葉に、アキトは驚愕した。明らかに怪しい人間に、自分の娘を任せるなんて、と。あまりの驚きに、疑問が口から出てしまう。

「…正気か?なぜそこまで使用とする。何か目的でもあるのか?」

若干緊張を孕んだ声だった。だが、士郎はアキトの疑問に苦笑をしながら返す。

「おいおい…せめて本気かと訊いてくれよ。まぁ、理由は監視ってところかな。君がどういう人間なのか、見極めさせてもらう。

そのためには、戸籍を作っておいたほうが都合がいいと思ったんだ。家庭教師のほうは…目が見えない君が、まともに働けそうなのがそれくらいしか思いつかなかったのさ。

それになのはが君の事をずいぶん気にしていてね、君を家から放り出したらなのはに怒られてしまう」

その言葉が本音のようだったので、アキトは気が抜けてしまった。





それから数日がたった。アキトは高町家に馴染みつつあった。

味覚のことは、アキトは言い出せなかった。極度の味オンチ、と言うことで通してある。

士郎に彫ってもらった新しい杖をつつきながら、アキトは日課となりつつある散歩をしていた。

最初のころは怪しんできた近隣の住人とも、今ではすっかり仲良くなっている。

なのはの家庭教師もうまくいっている。火星の後継者に復讐するために力を欲したとき、アカツキはアキトに座学もやらせていた。

その知識が、こんなところで役立つとは、誰も予想しなかったろう。まぁ、なのはの飲み込みが早いということも大いに関係しているだろが。

この日常が続いてほしい。アキトは最近になってそう思うようになった。

戦いとまったく関係のない世界。自分が元の世界だったらいることの叶わない世界。

この世界に生きていくことができたらどんなにいいだろう。そう思う。





だが、この数日後、アキトとなのははまたも衝撃的な出会いをすることになる。

その出会いが、二人の人生をどう変えていくのか。それはまだこの時点では誰にもわからなかった。





〜後編に続く〜



―あとがきー

どうも。前回書きそびれてしまったあとがきに初登場の零崎久識です。

本当は、一気に第一話を書きたかったのですが、高校も夏休みに入ったのに補習で全くまとまった時間がとれず、

完成が遅れてしまいそうなのでとりあえず区切りのいい部分で送ることにしました。

第一話の前編は、アキトが高町家の一員になるまでを書いています。

ご都合主義になってしまうあたり自分の力量不足を感じてしまったりorz

さて、後編もできるだけ早く書きたいと思っています。後編では彼が出てきますよー。

では、感想、お待ちしております。




感想
これからは感想付けていきますよ、時間あるから!

構成、その他諸々、このままでいいと思います。
展開も、あまり気になることもありませんでしたし、このまま突き進めばいいかと。
アキトのデバイスも気になるところですが、これからも頑張ってください。
短いですが、ではでは。