血のように赤い空を背景とした森に、少年がいた。

傷を負っているらしく、息が荒い。

ガサリ、と物音がして、少年はそちらに身体を向けた。

そこにいたのは――獣、だろうか。

赤く濁った目で少年を睨み付け、喰らい尽くすとでも言わんばかりに、動物のような唸り声をあげながら飛び掛ろうとしていた。

それを見た少年は、恐怖で我を忘れたりせず、逃げ出そうともしなかった。

少年はポケットから赤い宝石のようなものを取り出し獣に向けて伸ばす。

すると、少年の指先から緑色の光の輪が現れたではないか!

獣はその輪に何らかの危険を感じ取ったのか、一気に勝負をつけようと突っ込んでくる。

しかし、少年は獣よりも早かった。少年の口は言葉を紡ぎ出す。

「妙なるくびき、許されざる者を、封印の輪に――ジュエルシード、封印!」

獣はその輪とぶつかり――光が満ちた。

そんな夢を、見た。





「夢…か。夢自体ずいぶんと久しぶりに見たが、妙な夢だったな」

そう呟いて、アキトは身体を起こした。

アキトが寝泊りをさせて貰っているのは高町家の離れである。

着替え―服は士郎から貰った金で買った―をし、朝食をとる為に母屋へ向かう。

杖は突いていない。最初の数日でこの家の構造はおおよそ把握してあるからだ。

リビングに到着すると、士郎と桃子の気配。恭也と美由希はどうやら道場のようだ。

朝の挨拶をした後、足音が聞こえてきた。なのはも起きて来たようだ。

「おはようございます、アキトさん!」

なのはの朝の挨拶は元気がいい。こちらまで元気にさせられるようだ。

「ああ、おはよう。今日も元気そうだな。なのは」





「んんー!今朝も美味しいなぁ。特にこの、スクランブルエッグが」

「トッピングのトマトとチーズと、それからバジルが隠し味なの!」

士郎の賛辞に、桃子は嬉しそうに返す。高町家の食卓ではいつもの事で、アキトのなかでは名物となっていた

「皆、あれだぞ。こんな料理上手なお母さんを持って幸せなんだから、わかってんのか?

アキトも、桃子さんの料理が食べれて、幸せだろう?」

士郎は此方にまで言ってきた。アキトは何も言わなかった―言えなかった―が、

美由希となのはが返事をしてくれたため、特に問題は無かった。

今度は桃子も混じって二人で惚気だした。ご馳走様である。

恭也は美由希のリボンを直してやっている、本人たちに自覚は無いだろうが、周りから見ればいちゃついている様にしか見えない。

高町家での食事は早く終わらせるのが吉だと、アキトは思っている。

バスのクラクションの音がする。どうやらなのはの迎えのバスが来たようだ。





高町家の兄妹が皆出かけた後、アキトは散歩に出かける。

いつもアキトが行くのは公園だ。そこで風芽丘図書館で借りた点字の本を読む。

読むのは大抵が歴史の本で、この世界と自分の世界の相違点を探していた。

アキトは昼食を高町家ではとらない。昼食自体とっていない。

自分の味覚について感づかれる機会を増やすのは得策ではないと思ったかだが、

士郎は特に気にした風も無く―昼は翠屋が忙しくて昼食どころではないため―昼食用の金を渡している。

いつもどおり本を読んでいると、いつの間にか夕方になっていたようだ。

この世界の数少ない知り合いからアキトは声をかけられた。

「アキトさん?なにしてるの?」

少女の名前はアリサ・バニングス。なのはの親友で、気が強い。

初対面の時にいきなり変質者と呼ばれた―黒が主体の服だったのがいけなかったらしい―のも、苦笑を伴うがいい思い出だ。

「こ、こんばんは…アキトさん」

月村すずか。アリサと同じくなのはの親友だ。気が弱いが、芯は強い子だと思っている。

――いまだにおびえたように話しかけられるのが少し悲しいが。

「あれ、アキトさん、またずっと本読んでたの?」

なのはの驚いた声に苦笑しながら返す。

「こんばんは、アリサちゃんにすずかちゃん。それから正解だよ、なのは。つい時間を忘れてしまってな。

それより君たち、この後塾だろう。時間、だいじょうぶか?」

「大丈夫!ここに塾への近道があるの」

アリサの言葉にアキトはいい顔をしなかった。アリサのいった道はアキトも通ったことがあるので知っているが、

人気が全くと言っていいほど無く、こんな時間に小学生の女の子が通るような道じゃないと思う。

しかし、気の強いアリサのことだ。やめた方がいいと言っても聞かないだろう。

なので、アキトはこう提案してみた。

「最近物騒だからな。何が起こるかわからん。俺もついていこう」





無用な心配だったようだな、となのはに手引きしてもらいながらアキトは思った。

不審者のような―というか、自分たち以外の人の―気配は無い。

安心したアキトは、身体にこめていた力を抜いた。

そのとき、アキトの頭に突然映像が流れ出した。

それは、今朝見た夢と全く同じものだった。

映像が切り替わり、赤い宝石が脈打ち、耳を介さず、アキトの頭の中に声が響く。

「―助―て」

だが、ノイズが走っているようで、アキトはうまく聞き取ることができなかった。

だが、なのはには聞こえたらしい。驚いているのがなのはの手からアキトに伝わってくる。

「ねぇ、今何か聞こえなかった?何か、声みたいな…」

なのはの問いかけにアリサとすずかはかぶりを振った。

その時、又あの声が聞こえた。

「た――て」

やはりノイズが走り、うまく聞こえない。

なので、アキトにはその声の主がどこにいるのかが全くわからなかった。

――なのはが傷つき倒れているフェレットと思しき生き物を見つけたのはそれからすぐだった。





その生き物を動物病院に預け、なのは達を塾まで送った後、急に桃子から頼まれた買い物をしていたら、

いつの間にか塾から帰るなのはを迎えに行く時間になってしまっていた。

「ねぇ、アキトさん。あのフェレットさん、家で飼えないかなぁ」

「…厳しいだろうな。何しろ翠屋は食べ物商売だから、桃子も士郎も良い顔はするまい。

まぁ、やってみない事にはなんとも言えんが…。俺も援護ぐらいはしてやる。がんばれ」

「…うん、そうだね。がんばってみる!」



予想に反して、桃子は籠に入れてちゃんと世話をすることを条件に飼育を許可した。

士郎は「ところで何だフェレットって」という大ボケをかましてくれたが、特に反対はしなかった。

恭也、美由希も特に問題ないらしく、アキトは反対する気は全く無かった。

こうして、高町家で件のフェレットを飼育することが決定した。





食事を終え、皆がそれぞれの部屋に戻り、アキトも身体が鈍らないための鍛錬―室内でできる軽い運動―を終え、

本を読もうと立ち上がったとき、またあの声が聞こえた。 「聞こえ―すか。僕の―が―こえ――か。」

ノイズは消えない。アキトは苛立ちが取れる舌打ちをし、杖を手に取った。

なのははこの声を聞いてあのフェレットを見つけた。もしこの声が本当にあのフェレットだというのなら、

直接会って、この目――は見えないので、この耳で真相を確かめてやろうではないか。





なのははアキトと違い、その声をクリアに聞いていた。

「聞いてください。僕の声が聞こえるあなた、お願いです!僕に少しだけ、力を貸してください!」

――あの子が、喋ってるの…?

なのはの疑問を無視して、声は続ける。

「お願い、僕のところへ!時間が…危険が、もう!」

声が途切れると、なのははベッドに倒れこんだ。だが、すぐに立ち上がる。

なのはは、助けを求める声を無視する事などできなかった。





アキトは、突如聞こえた轟音に驚き、すぐに思考を切り替え補聴器の出力を上げ、音源の位置を推定する。

そうここから離れていない。そう、ちょうど目的地のあたりだろうか。

――急ぐか。アキトが速度を速めようとしたとき、悲鳴が聞こえた。

それは、自分がよく知る少女の悲鳴だった。

アキトは、自分の目のことなど忘れたかのように走りだした。間に合え。そう必死に思いながら。





高町なのはは、謎の喋るフェレット―喋ったときは死ぬ気で驚いた―を抱えて全力で逃げていた。

今、なのはは夢で見た獣―夢で見たときと比べて不定形なガスのようになっていた―に追われている。

どうやら原因はこのフェレットらしい。

このフェレットは、異世界からある物を探してこの世界に来たが、独りでは無理で資質のあるなのはに助けてほしいとのこと。

それを聞いたなのはは、いまいち理解できず、呆然と聞くばかりである。

あまりに呆然とした為立ち止ってしまっていたらしい。あの怪物がすぐ近くにいた。此方に突っ込んでくるつもりらしい。

よけられない。なのはは悲鳴を上げた。足が竦んでしまい、動けない。フェレットが何か喋っていたが、耳に入らなかった。

網膜に映る光景がひどくゆっくりに感じられた。獣の細部までよく見える。気持ち悪い。

ああ、食べられちゃうのかな。そう思った。が、その瞬間はやってくることは無かった。

後ろから来た何かが、その獣を突き飛ばしたのだから。

「悪いが、その子には指一本触れさせん」

そこにいたのは杖を思い切り突き出したアキトだった。





アキトがその獣から感じ取ったのは、混じりけの無い害意。それは、アキトに戦場を思い出させ、

アキトのスイッチを切り替えさせた。日常から、戦場へ。

ただのテンカワ・アキトからPrince Of Darknessへ。

相手が何なのかよく確認せずに全力で杖の突きを叩き込んだ。後悔はしていない。

「無事か?なのは」

杖を刀のように構えたままアキトはなのはに聞く。呆然としつつも肯定の返事が返ってきた。

アキトは安心し、油断した。なら帰るぞ、と言おうとした時、何か黒いものがアキトの身体を強烈に締め付けた。

それは、アキトが突き飛ばしたはずの獣だった。見た目が触手の様に変化している。

アキトはその込められている力の強さに意識を失いそうになる。

「なのは…逃げろ」

アキトはそう口にするのが精一杯だった。自分の情けなさに腹が立つ。なにが指一本ふれさせんだ。

調子に乗ってこのざまじゃないか。せめて、なのはは逃がさなければ…。

最後までなのはを助けることを考えながら、アキトは気を失った。





「アキトさん!助けないと…。でもどうすれば…」

なのははあせった。自分のせいでアキトが危機に陥っている。

自分は何をすればいいのだろう。

「これを!」

そういってフェレットは赤い宝石をなのはに渡した。

暖かいそれに驚いてるなのはに、フェレットは話しかける。

「それを手に、目を閉じて、心を鎮めて。僕の言うとおりに、繰り返して。――いい?いくよ!」

なのはは頷き、言われたとおりにする。

「我、使命を受けし者なり。契約のもと、その力を解き放て」

なのはも同じように言うと、赤い宝石はまるで心臓のように脈打った。

「風は空に、星は天に。そして…不屈の心は」

そして…

「この胸に!この手に魔法を!“レイジングハート”セット…アップ!」

運命が――動き出す。

「Stand by,ready,set up!」





アキトは暖かい光を感じて意識を取り戻した。そこにいたのは、

さっきまでとは違う衣服を身に纏い、杖を持った少女だった。

そこでアキトは愕然とする。なぜ目が見えている!?

「アキトさん、大丈夫ですか!」

「その声…君が、なのはか?」

アキトの答えに、なのはも驚いた。

アキトが目を開いて此方を見ている。その目はとても澄んでいた。

「はい!待っていてくださいね…今助けますから!」

杖を構えてなのはは獣と対峙する。その姿に、アキトは不覚にも魅せられた。

夜は、まだ終わりそうに無い。





―次回予告―

ごく普通の小学三年生だったはずの少女、高町なのは。

彼女は、何の因果か魔法少女になってしまう。

そしてアキトは己の無力さを呪い、なのはを助けるための力を欲する。

このフェレットの正体はいったい何なのか?

アキトの目が見えた理由とは?

アキトとなのは…この二人に待ち受けるのはどんな運命なのか。

次回、魔法青年リリカルアキト、第二話「魔法の呪文はリリカル…らしいぞ?」





―あとがき― ふぅ、なんとか八月中に仕上がった。どうも、零崎久識です。

学校の夏季補習のせいで、なかなかまとまった時間がとれなくて…(泣)

さて、やっとこさ一話が終了しました。如何だったでしょうか、「魔法青年リリカルアキト」

今回アキト君は大した役に立てませんでした。今後どう成長していくのでしょうか。

web拍手にもっと書いて欲しいと書き込んでくれた方。ありがとうございます。

書きましたよー!続きは…がんばります。高2って結構きついですね。

また通ってる高校がテストを馬鹿みたいにやるところで…8/27にテストがあったとおもったら、

今度は9/4,5にまたあるんです。しかもその後には文化祭が控えているという…。

なので続きは九月の後半に書くことになると思います。

第一話のなのはちゃんに突っ込んでくれた方。的確な突っ込み、心にクリティカルヒットしました。

調べたのに日付がわからなかったorzもし知っている人は教えてください。修正します。

ではまた、感想、突っ込み、待ってます。