注)このSSは一応クリスマス記念ギャグ(多分)SSです。
そのため、アキトとかラピスの性格が少しだけおかしくなってます。
本当に、少しだけです。オリジナル要素も多分に含みます。
それが許容できる方はお読みください。


クリスマス記念短編





「…どうするべきか」

 黒いマントを羽織った青年、テンカワ・アキトは頭を抱えていた。

 ブラックサレナのコクピットに引きこもり、一人、深刻に悩んでいた。

 日本の日付で言えば、今日は十二月二十五日。

 世間一般で言うところのクリスマスだ。

 日本人の多くは無神論者のくせに、何故かキリスト生誕の式典であるクリスマスを祝う。

 信仰心の薄い日本人ならではのことだ。

 お盆には墓参りをするくせにハロウィンも祝う。

 バレンタインもあれば端午の節句やら色々。

 何時から混ざってしまったのかは知らないが、ほとんどがお菓子会社の陰謀だ。

 バレンタインにしろクリスマスにしろ、色々とお菓子が必要になってくるわけで……。

 と、話が逸れた。

 アキトは頭を振って、無駄な思考を追い出す。

 今、考えるべきはプレゼントのことだ。

 未だ元いた場所に帰る気のないアキトにしてみれば、渡す相手は限られている。

 しかし、離れているとはいえ、ルリをはじめとした家族のことを無碍には出来ない。

 ボソンジャンプで夜中、寝静まったとき渡しに行けばいいだけだし。

 それよりも、問題はプレゼントの内容だ。

 女性経験が厚くは無いアキトにしてみれば、何を渡せばいいか分からない。

 かといって、何も渡さないという選択肢は酷だ。

 復讐が終わった今、戦いに傾倒していて、それらしい行事を祝ってこなかったラピスに関しては特に。

 だから、アキトは悩む。

「そう……そうだな……オモイカネに聞いてみよう」

 こういうときこそ役に立つのは古代火星文明参考の人工知能・オモイカネだ。

 ナデシコ搭載型のコピーだが、その性能は計り知れぬ。

 情報収集から盗撮まで何でもやってのける、犯罪行為も気にしない。

 だって、人じゃないもの。

「オモイカネ……」

『…………何でしょう?』

「今の間は何だ?」

『いえ……どこからか不名誉なものを感じたので』

「そうか……よかったな」

『よくないです。ところで、何か御用で?』

「おっと、そうだったな。実はだな……」

 そう切り出し、先ほどの悩みをオモイカネに伝える。

 機械相手に相談する男、か。

『なるほど。そのようなことでしたら、私にお任せを』

「ああ、助かる」

『では、案を一つ』

 ピッという、軽い電子音と共に小さなウィンドウが現れる。

「ふむ……」

 アキトはそのウィンドウの内容を斜め読みし、憮然とした表情で頭を上げる。

「却下」

『そ、そんな!? 何故ですか!?』

「何故も何も、なんだこれは?」

 ウィンドウを指差すアキト。

 その先のウィンドウに書かれているのは、

《聖夜に乙女を捧げるのはよくあること。ならばその逆を……》

 といった内容のものが延々と書き綴られていた。

 アキト自身動揺しているのかナノマシンの輝線が毛細血管に沿って浮かび上がっている。

『夫婦の営みですが、それが何か?』

 さも、馬鹿ですか貴方はといった感じで白を切るオモイカネに、アキトは青筋を少し浮かべる。



 ぷち……。



「あのな、ラピスは年齢で言うとまだ○学生レベルだぞ。それに、夫婦じゃない!」

 犯罪じゃないか! というアキトの言葉に、オモイカネは愕然とした表情……じゃなくて、文体で呟く。

『そ、そんな馬鹿な……マスターは○リコンだから喜ぶと思ったのに……年齢差なんか壁にもならんといって乗り越えるかと思ったのに!!!』

「俺はロ○コンじゃないし、俺が喜んでどうする!? それに、乗り越えるってなんだ、乗り越えるって!?」

『何故ですか!? 何故喜んで手を出さないんですか!?』

「犯罪行為だろうが! というか話を聞け!」

『マスターはもう犯罪者です。前科持ちがなに言おうと、私には関係ありません!』

 しれっと返すオモイカネに、遂にアキトはキレた。



 ぷっちん。



「俺が黙っていれば好き勝手なことを……!」

『広い宇宙に漂う戦艦に男女二人きり。手を出さないマスターは……もしかして不能!? ナノマシンのせいですか!?』

「そんなことはない!」

『ああ、憎き火星の後継者。こうなれば、収容されてる刑務所の電子回路をちょちょいといじって暗殺を……』

「話を聞かんかっ!」

 誰が、こいつを育てたんだ!?

『ラピスですが、なにか?』

「機械の癖に人の心を読むな!」

 コンソールを握り拳で力強く叩き、吼える。

『短気なのは寿命を縮めますよ、マスター』

「誰のせいだと思って……はぁ、もういい」

 付き合ってられん、と呟き、怒りの猛りを鎮めるために、何度も深呼吸をする。

『落ち着きましたか?』

「一応はな……」

 深くため息を吐き、ジト目でウィンドウを睨みつける。

 誰の性だと思ってやるこのヤロウ、と言わんばかりの鋭い視線だった。

 大人気ないことこの上ない。

『マスター、そんな熱い視線で見られても……私には何も出来ません』

「黙らんか、この妄想AI」

 何を勘違いしているかは知らないが、ウィンドウをくねらせているのは……。

 うん。正直、目の毒だ。嫌な意味で。

『ああ、憎きは人工知能として生まれたこの身……』

 ダメだ、こいつ。

 はやく何とかしないと……壊れてる。

 アキトは、本気でスクラップにすべきかどうか悩んだ。









 時の流れは残酷というもので、もう夕方になってしまった。

 宇宙に正確な時間の流れはないだろという突っ込みは無しだ。

 ユーチャリス艦内時間で言うところの夕方だ。

 アキトは結局、妄想AIの案を却下し、無難であるぬいぐるみにすることとした。

 ラピスも年頃の女の子であるわけだし、こういったものなら喜ぶと思ってだ。

 だが、ぬいぐるみには幾つもの種類がある。

 ラピスの趣味思考がいまいちよく掴めていないので、何を選べばいいか迷う。

 しかし、彼女自身に聞くのは極力やめておきたい。

 楽しみが半減してしまう。

 仕方ない……あいつに聞いてみよう。

「……妄想AIオモイカネ」

『はい、なんでしょうマスター?』

 ……何、普通に出てきてるんだよ。

 少しは何か否定的な言葉を言え。まさか、認めるのか?

「………また、聞きたいことがある」

『はい、この妄想AIオモイカネにお任せを』

 こいつ、認めやがった。

 アキトは痛々しいモノを見るような視線でウィンドウをしばし眺め、口を開く。

「ラピスの好きな動物を知ってるか?」

『はい、知っています』

「それはなんだ?」

『動物界・脊椎動物門・哺乳綱・霊長目・真猿亜目・狭鼻下目・ヒト上科・ヒト科・ヒト属・ヒト種です』

「……すまん、もう一度言ってくれ」

『動物界・脊椎動物門・哺乳綱・霊長目・真猿亜目・狭鼻下目・ヒト上科・ヒト科・ヒト属・ヒト種。要は人間です』

「……確かに人を好きになるのはいいことだが……俺は人以外で聞いている」

 オモイカネの言ってることの半分も理解できなかったが、要は『好きな人がいる』のだろう、ラピスには。

 誰だそいつは、暗殺するぞ。

 だが、それは今関係ない。

 今はぬいぐるみについて聞いてたはずだ。

 流石は妄想AI、空気を読まないAIだ。

『猫じゃないっすかね?』

「激しく待たんか。話し方が変わってるぞ?」

『話に乗らねぇマスターに対して堅い話し方をヤメただけっす』

 いけしゃあしゃあと喋るオモイカネを哀れむ視線で見つつ、ジャンプフィールドを展開する。

「……わかった。猫だな。よし、行くかな」

『ああ、マスター! 何か突っ込んでくださいよ!? ねぇ!?』

「……ふっ」

 アキトは最後に冷ややかな視線と冷笑を向けつつ、ボソンジャンプで消えた。

 ……そう、ファンシーショップへと。

 漆黒の、マント姿で。



 イカすぜ。







 十数分後。

 どこかやつれ、憔悴しきった感じのアキトは、なんとかユーチャリスの自室へと戻ってきた。

 その右手には、むき出しの猫のぬいぐるみが掴まれていた。

 戦利品ともいえる物は手に入った。

 店内に入る前に門前払いされようとも力押しで中に入り、適当に見繕った猫のぬいぐるみを引っ掴み、金を店員に投げつけ逃走。

 正に恥と外聞もかなぐり捨てた買い物だった。

 まぁ、外聞はもう捨ててあるのだが。

「だがしかし、ケーキも買ったしプレゼントも買えた。何か忘れてる気もするが、これで安心だ」

 一息つき、ベッドに横たわる。

『マスター』

「ん……ああ、オモイカネか」

『はい、妄想乙女オモイカネです』

「……しばし待て。確かここにルリちゃん特性のウィルスソフトがあったはずだ」

 無論、入手先はロン髪会長からである。

 いざという時のためにもらっておいたのだ。

「まさか、使う日が来るとは思わなかったぞ」

『マスター、冗談です。ですから、その手に持ったブツを放して下さい』

「ダークに生まれし者はな……ダークに帰るんだよ」

『マスター、意味がわからないです』

「気にするな……さて、覚悟は充分か?」

 実に爽やかな笑顔を口元に浮かべ、オモイカネに問うアキト。

 しかし、バイザーで隠されたその瞳は寸分も笑ってはいないが。

『……わかりました。しかし、これだけは言わせてください』

「遺言か? 今のお前とは今生の別れになるからな。それくらい許そう」

『はい。では……言わせてもらいます』

「なるべく短めにな」

 アキトは手を動かし、ウィルスの準備を手早く進める。

『私に体を。出来ればメイドみたいなのがいいですね…』

「何故、とは聞かん……そうだな、ウリバタケさんに頼んでみよう」

 もちろん、建前だ。

 誰が頼むものか、馬鹿者。

『武装はもちろんロケットパンチで』

「それも頼んでみようXバリスを作り出したあの人の事だ。嬉々として協力してくれるだろう」

『ちなみに、ロケットパンチの掛け声はファイエ―――』

 いい加減、やるか。

「さらば、オモイカネ」

 ガガ、ピー…………。

 変な音を出し、オモイカネの人格部分が初期化されていく表示が浮かび上がる。

 今まで育て上げてきたものが消えていくのは忍びないが、明日の平和のためだ。

 ふっ、と何時になく穏やかな笑みを浮かべ、アキトは満足げに腕組みする。

「さて、オモイカネ。調子はどうだ?」

『……良好です、マスター』

「さすがルリちゃん特性だけはある。まともになったようだな」

 うんうんと満足げに頷き、部屋を後にする。

 後には、怪しく光るウィンドウが一つ。

『ふっ……マスター。そう簡単に私は消せませんよ。ふっふっふっ……妄想姫オモイカネに不可能は無いのです』


 ルリ特性ウィルス。何故か、オモイカネをさらにパワーアップさせていた。







 そして夜。

 くどいが艦内時間においてだ。

 アキトはテーブルに置いたケーキを切り分け、対面に座るラピスの皿に盛り付ける。

 ラピスは不思議そうにアキトを見た後にスプーンを握って恐々食べ始める。

 その様子を見るアキトは今まで歳相応のことをしてやってこれなかったことを悔やむ。

 しかし、最近見せるようになった微笑を浮かべてケーキと格闘するさまを見ていると自然に頬が緩んでしまう。

「頃合か」

 時計に目を走らせ、がさがさと足元を探るアキトをラピスは不思議そうに見つめる。

 そんな彼女の様子にアキトは苦笑を浮かべつつ、紙袋を手渡す。

「これは?」

「プレゼントだ。今まであげてこれなかったからな」

「……開けていい?」

「ああ」

 がさがさと紙袋をまさぐるラピスを見つめつつスプーンでカップに入ったコーヒーをかき混ぜる。

「ねこ……?」

 そのぬいぐるみの前足を両手で掴みながらラピスはそれを抱きしめる。

 その様子にアキトは満足げに頷き、カップに口をつける。




「……ありがとう……お兄ちゃん」




「!!!」

 ぽろりと、手に持ったカップがカタンと音を立ててテーブルの上に転がる。

 幸い、中身は飲み干してあったので被害はない。

「な、な、な……!」

「どうしたの? お兄ちゃん」

 肩を震わせ、指先をワナワナ震わせてアキトは呆然とラピスを見つめる。

「だ、誰だ! いらん知識を吹き込んだのは!」

『俺はまだ知らなかった。欲望という名の鎌首がゆっくりと上がっていることに……そして俺は、俺は……!』

「貴様かあああああッ! そこっ、何を言っている!?」

『チッ……気付かれましたか』

「気付かないほうがおかしいわ! てか、デリートしたはずなのになんで!?」

『私は不可能を可能にするAIです。記憶を失っても必ず愛する人の元に戻るのです!』

「愛する人って誰だ!?」

『私の口から言わせるのですか?』

 そんなああだこうだ言い合う二人(?)を見つめつつ、ラピスは口元を吊り上げてニヤリと笑んだのだった。





正月編に続く(ぉ